忍者ブログ
“ゾンビと楽しく過ごそう!!” を標語に日々ゾンビとの接し方を摸索しているブログです。「ゾンビ保護区」を目指し出会ったゾンビ達の観察記録や創作ZOMBIEまんが&すけっち他、好きなホラー映画やお気に入り断絶映画の事等気まぐれに更新しています。
[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]
なんとなくつぶやいています。



手持ち無沙汰に一コマゾンビつぶやき
「TWITTER OF THE LIVING DEAD」
などと気がむいたらやってたり(苦笑)
[PR]18禁漫画紹介。
☆「小林少年(丸)」名義電子書籍配信中

kindleでも読めます
(18歳未満の方は購入できません)
→「」/→「妹小屋
→「負界ノ書」/→「遊界ノ書
中古紙物はとてもお求め易い価格(笑)
[PR]18禁電子書籍紹介。
☆「おかさき潤」名義の18禁電子書籍
「ギャル改造ケイカク!」

長いのから短いのまで
50話分配信中!!

「エロ美ちゃんオーバードライブ」

元ヤン総長エロ美ちゃんが
エロにマシンに仁義に大奮闘!!
「ゾンビと暮らす。(仮)」
☆自作ゾンビ物語
[portrait of the dead]
めざせ!! ゾンビ小説家!!

ゾンビが好きすぎて自作のお話なんか
拵えております。興味のある方は寄って
みて下さい。とは言え、なにぶん素人の
書く物語なので大目にみて下さいね〜。
ひとまず秘かに裏道へと進みます。
ブログ内検索。
ジョージ・A・ロメロ監督作。
☆ゾンビ新時代到来の息吹を最後に…
ロメロ監督の思惑は果して…?!



当ブログ的ロメロゾンビ考察一覧

☆2017年7月16日に肺ガンで
他界されてしまいました…
この世にゾンビを放ってくれて
ありがとう・・・
新着ゾンビ小説紹介。
☆「ゾンビ百人一首」
作者の青蓮さんのご厚意で拝読中です。
百人一首から紡ぎ出される
ゾンビ物語の数々。
一節が非常に短くちょっとした合間に
読めるので、育児の傍らにも最適(笑)
簡易ギャラリー的ブログ紹介。
☆奇怪漫画製作部 のざらし倉庫


「のざらしむくろ」名義でお贈りする
自作漫画カスタマイズ版及び
「南瓜金助」で制作した作品を保管する
倉庫的ブログを設置しました。
コチラよりお入り下さい。
ゾンビ映像化案内。
☆「地獄の血みどろマッスルビルダー」
和製インディーズゾンビムービーの傑作発売から2年…ついに「地獄の血みどろマッスルビルダー完全版」となってWHDジャパン・フォワードレーベルから正規版DVDが発売中です!!
おめでとうございます!!!!!
↓↓↓↓↓


↑こちらがパッケージ画像です


DVD-R限定版情報


↓DVD-R発売情報専用ページ

日本に於けるゾンビ映画に新風を
吹き込む気鋭doragodonさんが挑む
和とゾンビの融合!!!!
当ブログの感想はコチラに。

予告編1予告編2

doragodonさんのブログはコチラから。
自作ゾンビ漫画紹介。
☆「月刊 退廃トラウム」好評配信中!!!
めざせ!!ゾンビ漫画家!!!


長田ノオト先生の編集されました随時更新型耽美エロバカ電子書籍「月刊 退廃トラウム」にて上記イラスト全景ほか耽美ゾンビイラストとゾンビ漫画4頁を掲載して頂きました。因に月刊表記は洒落のようです(笑)。総勢40名程の執筆陣の耽美パトスが凄い!!! 御覧になってみて下さい。



「退廃トラウム」ふろく本「トラウマッ
でもゾンビ漫画1頁とゾンビ腸迷路3作品
を配信して頂いております。
興味のある方は是非お寄り下さい!!!
スペシャル企画。
不定期更新 「ZOMBIE vs. BABY」


「生ける屍対赤児/目次」
「産まれて間もない赤児」と
「死して間もないゾンビ」との比較検証。
最新コメント。
☆コメントは承認後公開となります。
「プラナリア・プログラム」
☆続篇思案中にて。
切っても切っても分裂・再生を繰り返し
てしまう特殊な肉体を持った女性を
描こうとショート漫画と連作イラストの
シリーズ化目指し展開中。

血が多いので表立っては反転で投稿。
15歳以下は画像クリック不可です。



第1話(2P漫画)はコチラに。
イラスト展開はコチラからご覧下さい。
「すろ〜ぺ〜す・ぞんび君」
☆めざせ、ゾンビ漫画家!!
▼現在第4話(番外編)まで完成。
↓第2話はR-15なので
15歳未満の方はご遠慮下さい。

→第1話はコチラから
15歳以上の方は第2話をドウゾ
第3話第4話(番外編)

▲新キャラゾンビの
「カワナシノカオくん」
いつの日かぞんび君と対面します。
[PR]南瓜金助作画参加媒体。
☆漫画やイラスト等を描いています。
↓ゾンビ布教フリーペーパー
「Cafe of the Dead」ver2.0

↑表紙&本文1ページ漫画掲載。
ゾンビカフェ委員会様HPで電子版閲覧可

↓特製予告漫画

南瓜金助参加コミックス全目録
参加同人誌紹介。
☆駕籠真太郎先生企画監修
うんこ100選
〜世界がもし100個のうんこだったら2〜

1頁うんこ漫画「美女内臓カレー」を
掲載して頂きました♪
久しぶりのオリジナル漫画です(笑)
通販のお申し込みはコチラでも
受け付けています。
興味のある方は是非お手にどうぞ!!
「ゾンビカフェ委員会」
☆ゾンビカフェ実現を目指して

↑ゾンビ布教フリーペーパー
「Cafe of the Dead」を発行されています
「ゾンビカフェ委員会」様のHPです
プロフィール。
HN:
死霊の南瓜金助
性別:
男性
職業:
自称ゾンビ画家
自己紹介:
ホラ〜映画は好きでゾンビにも興味はあったのですがリメイク「ドーン・オブ・ザ・デッド」(2004)を見てからというものモノスゴク好きになってしまいました。好きと言うだけでマニアックという程の知識はありませんけれど。そんな訳でゾンビ熱発症からは日が浅いのですが、以来、ゾンビ漫画家になるのが夢です。「南瓜金助」と言うペンネームでちょっとした漫画を描かせて頂いたりもしていました。
私的暫定ゾンビランキング(〜2014)

メールフォーム。
ご意見、ご感想、連絡事項に。
Powered by SHINOBI.JP


▲「ノウガマルミエちゃん」も
ぞんび君のお友達です。
ゾンビと歩む。
お探し物をお買い物。
ゾンビグッズをお探しならまずは↓




ゾンビブログ紹介。
☆相互リンクさせて頂きました。




管理人DM様/「ポップでライト」なゾンビ
ファンサイトを目指し備忘録的にゾンビ
ワールドを紹介。ゾンビ愛好家ではなく
ゾンビと戦う事にスリルや興奮を感じる
仲間を募集中との事。因に↑設置バナー
は私(カボチャスキ)が納品致しました。
最古記事。
ゾンビと歩こう…


ゾンビ、ぞんび、ZOMBIE…
ゾンビの事だけ考えて暮らして
みたいなぁ(笑)。…でも年に
一度のカボチャイベントは
外せないけれど(苦笑)



「お前、大胆な事してくれたなぁ…
年賀状で正体ばらすなんて正気か?」
「なぁに心配ないないさ。
悪趣味な年賀状だなぁくらいにしか思われないって」
「そりゃあ目が10個もあれば低俗なオメデトウ駄洒落で
通じそうだけどさぁ…届いた身にもなってくれよ、
生きた心地もしないぜ。」



 明けましてお目出度う御座居ます。…と言っても既に正月気分も抜けた頃でしょうか。皆様こんにちは、死霊の南瓜金助です。当ブログも殆ど死に態ですがゾンビの如くしぶとく存在しようと、今年もゆっくりと一歩一歩行進更新して行きたい所です。新年一発目で何か気の利いたゾンビイラストなり描いてみたかったのですが、2012年でも使った“目が10個でオメデトウ”的発想しか浮かばず、こうなったら目が10個をシリーズとして描き続ければいいかなとか考え始めています(笑)。年頭の投稿も去年とそんなに変わらない内容だとは思いますが、本年ものんびりぽつぽつつらつらと記していこうと思います。

 さて、愛娘ときたら、“今、思うがままに生きる”様相を呈して来ていまして、欲しいものを目の前にするとなにがなんでも突き進み、押さえ込もうが抱え込もうが、目標に手をまっしぐらに伸ばし、当ブログ的に例えて言うなら、それはもうゾンビが人間を目の当たりにしまっしぐらに進み手を伸ばすそれと全く同じ状態に思えてきています。
 ロメロ監督の示した「ゾンビは3歳児並みの知能を持っている」と言う設定を引合に出せば、人間性がまだまだ身に着いていない幼児のそれは、欲望のままに存在しているであろうゾンビの幼児性の現れでもあるのかなと、ふと考えたりもして、欲望とはすなわち幼児性の最たるものか、あるいは延長線上に存在するものなのかとか、欲望と幼児性の共通する根源を目撃している気にもなり、愛娘のおかげでゾンビの未知なる解釈に一層の深みを感じる事が出来もして、“愛娘に於けるホラー禁の環境でもホラーを好きになれるのか実験中”で、もちろんゾンビ禁の暮らしの中でも、結果的に去年と相も変わらずの「こっそりゾンビライフ」を味わえています。
 また、“ゾンビ3歳児並み知能保持説”の疑似体験を踏まえ、愛娘が4歳の誕生日を迎えるまでの間に「ゾンビの発揮できる3歳児並みの知能」の情報収集し検証しようと目論んでいる状態でもあるわけで、なかなか愛娘から目が離せず、自分自身の自由のきく時間を持てるのは1年は先の様です(笑)。…とは言いつつも、愛娘と過ごす時間が大変ですが本当に楽しくて面白くて、私自身の娘離れが出来ない事にはどうしようもありませんけれどね(汗)。…愛娘に感謝。


 さて2011年より更新していなかったお気に入りゾンビ映画ランキングに、ここ数年かかって若干の変動がありました。好きなゾンビ映画を衝動的にあげたらこんな並びに。

1-サンゲリア (死者的ニュアンスはいつ観ても素晴らしい)
2-墓地裏の家 (改めて観てもフロイトシュタイン博士凄過ぎたわ)
3-サバイバル・オブ・ザ・デッド (その後の展開はどうなっているのやら)
4-ゾンビ (DC版推し) (死対生 生対生 世界観が秀逸過ぎる)
5-死霊のはらわた (スピード!! ノイズ!! デストロイ!! )
6-死霊のはらわた[2013] (女子力発揮損壊ゾンビの秀逸さが見事!!)
7-STACY (和製グチャグチャ女子高生ソンビの大傑作!!)
8-君はゾンビに恋してる♡ (ヒトミちゃんの可愛さはゾンビ史上最強級)
9-28週後… (兎に角凶暴!! 走って血まみれ無残力アップした続篇)
10-ダイアリー・オブ・ザ・デッド (ロメロ監督が直接人間を矛先に!!) 
11-悪夢探偵 (破壊的なヤツの存在感は悪夢越え対峙ゾンビへと変換)
12-地獄の門 (不可思議ゾンビとグチャグチャドロドロ)
13-ナイト・オブ・ザ・リビングデッド (忘れられない衝撃的ラスト)
14-ザ・チャイルド (生ける死者の対局にある産まれて間もない生)
15-ドーン・オブ・ザ・デッド (美しい日の出のなんという悲しさ)
16-ゾンバイオ/死霊のしたたり (内臓がね素晴らしかったのよ)
17-ブレインデッド (グチャグチャ血みどろゾンビ盛り盛り!!)
18-地獄の血みどろマッスルビルダー (衝撃のゾンビ像!!次作にも期待!!)
19-SVZ ストリッパーVSゾンビ (対ゾンビの究極の解決方法!!笑ったなぁ)
20-ラストハザード/美しきジハード (悲しくも逞しいかなゾンビの視点)
 基本ダメージ系ゾンビが台頭しているようです。19位20位に今だに引っ掛かっているのは私くらいだと思うので敢えて紹介。…と言うか、ここ2年環境の変化もあってか、ゾンビもの話題作注目作殆ど鑑賞できておらずで、頭の中さほど更新できていないとも言う。

 去年の年頭の目論みは殆ど達成できなかったなぁ…今はただただ一心不乱に物凄くグロい絵を描きたい。仕方なし、ゾンビの如くゆ〜っくりマイペ〜スでとぼとぼと歩いて行こう。




PR

>画像、チラシより。衛星より受信し目撃する。



かの「死霊のはらわた」をサム・ライミ監督自身が指揮し完成させたというリメイクは、女子力発揮から肉体損壊力アップの痛々しい傑作に思え大満足の域。強そうに見えてもかよわいであろう女子達が破損し行く姿の悲しさと恐ろしさをまざまざと見せつけられ、またダメージゾンビ嗜好も刺激され、個人的に琴線触れまくりの容赦ない残酷さが非常に痺れました。

オリジナル版はすでに語られ尽くされていて、当ブログではあえて語る事は無いだろうくらいの作品だと思っていましたので、これまで取り上げていませんでしたが、まさかのリメイク製作と来れば腰を据えてオリジナルから三部作すべて振り返り観てしまう物で(「死霊のはらわたII」はミュージカル公開の際ちょこっと取り上げましたが)それぞれいずれは当ブログにて思いの丈をぶつけるとして(笑)ひとまずリメイクの方をオリジナル版と絡めつつだらだらと語ってみたいと思います。(また初回生産限定版ディスク鑑賞後に再投稿するかも知れませんが)

極個人的な受け捉え方かも知れませんが、「死霊のはらわた」オリジナル版にみるコメディ的と感じる要素は誇張し過ぎておかしくみえてしまうだけで、本当はなにもかも物凄く怖い純然たる恐怖のみ描き込まれた作品だと思っていますので、リメイク版の痛さやシリアスに見える面もオリジナル版での恐怖の描き込みとなんら変わりなく、しっかりとリメイクされている作品だったと感じる事が出来て嬉しい限りでした。

◆以下、内容に触れています。

まず気になったのは、一新された登場人物達の設定及び描写の部分。オリジナル版ではラブラブカップルの思わせぶりな行動やら目配せする“端から見るとお前達変だ”といった仕草が誇張され、コメディ的に感じてしまいましたが、冷静に考えれば観る者にある意味“気持悪さ”を醸し出させていたと思える“恋は盲目”的メロドラマテイストは、リメイクでは薬物依存を抱えた女子への友達の盲目的使命感のエピソードへと形を変えたものの、共通項として“対する思い”における一途な考えは時として異常行動とも取れるといった感じの描き方だったので、妄信的怖さを醸し出しながら受け継がれていて安心しました。その点もリメイクたる意味を果たしていた思われます。

そして監督のこだわりでしょうか“男なんか怪我させてもゾンビ化しても大して面白くないだろうからそっちはどうでもいいだろ”的に感じてしまった、女子中心の残酷描写が非常で素敵過ぎる。オリジナル版でも女子ゾンビの凄まじさはありましたが、化物過ぎて元女子たる片鱗をのぞかせた“女子力”という点ではリメイク版の方が無残感漂い、より残酷さが増した印象。冒頭の火あぶりから始まって、血反吐浴びも凄まじいし、熱湯被りタダレ皮膚、顔面切り取り、顔面ネイルガン、自力腕切り落し(リメイクではなんと女子!!)、手首引き千切り等等、残酷極まりない非道ゾンビのその様相が恐ろしすぎて素晴らしい。実際にあってはならないだろう描写における映画的恐怖が無理矢理ねじ込まれた雰囲気がたまらなかったです。

当ブログではゾンビーノのタミーやゾンビ・ストリッパーズの踊り子達に見られる女子ゾンビへときめいてしまう状態をさす言い方として度々“ゾンビ萌え”なる言葉を使うのですが、本作ゾンビナタリーの凄まじさは久々に抱いた萌え状態でした。まさかの女子腕切り落としに始まりゾンビ化後の顔面釘刺しだらけでの登場が痛々しく、その様相から繰り出された釘抜きでの連打が華奢な女子流の殴り方に見え、ゾンビになっても女子が抜けないそのしぐさが恐ろしくも可愛らしい。終いには両腕喪失状態からの自我覚醒で「顔が痛い」といって容姿を気にしたようなニュアンスも女子っぽく、女子力発揮ゾンビの最たる存在感に絆されてしまいました。ナタリーに出会えただけでも傑作の域に入りますね、リメイク版は(笑)

衝撃を憶えるのはビニール被り埋めるシーン。他のゾンビ映画でみたかも知れませんが、兎に角、ビニール被って吐息でビニールが白くならない恐ろしさは死体然としていて身の毛もよだつシーンに感じました。特殊な撮影方法もしくはCG処理なのかも知れませんが素晴らしいシーンです。ボロボロになってもここぞとばかりに活躍する数学教師には笑わせて頂きましたし、大量に降り注ぐ血の様な雨にもゾクゾクさせられました。実はワタクシ、初恋の君はシシー・スペイセクさん演じるキャリーが豚の血を被った姿でして(笑)、真っ赤に彩られた神々しさに少年の心は奪われ、その後もスペース・バンパイアのマチルダ・メイさんやら真っ赤っか女子には弱くて弱くて、今回も言わずもがな絆されてしまいました(笑)。

死霊のはらわたシリーズではお馴染みもう一人とも言える主人公の車もしっかりと登場し、その錆び付いたその姿にこの車に一体何があったのかと、オリジナル版からの何らかの続きではないか等と考えを巡らしてみたりもしてワクワクもしました。と言うのも、前シリーズ三作も完全な続篇ではなく登場人物が減っていたり物語が書き換えられていたりと再構築された似て非なる続篇のスタイルなので、リメイク版もその流れを組んでいれば、もしかするとその錆びた車はアッシュが乗って来た車だったのかも知れない等と妄想しきり。

“死者の書”の姿も変わり人間臭くなった印象。さらに気になるのは冒頭に集まったいた“良き人々”なる存在。死者の書に精通している彼らの登場は何を意味するのか…封じる為の味方か、あるいは蘇りしものの存在を世に知らしめる為の逆宣教師的存在なのか、疑問は増すばかり。死者の書を放置したまま去っているし、一から調べなくても教えてくれそうだし、何にせよ手元にはおけない程の恐ろしい代物なのでしょうね、死者の書は。


さて、言わずもがな題名に冠する“はらわた”。主に臓腑を意味する言葉との事ですが、オリジナル版のそれは内側から出て来るあれが嵌り過ぎる題名(笑)。“はらわた”にはこころや性根、それに精神はたまた物の内部に詰め込まれているものと言った意味があるようですので、死霊に取り憑かれた状態を言い表すのにもなかなかふさわしい言い回しで今更以て感心しきり。見事な題名です。

そんなこんなで数日前になんと来年からテレビシリーズ開始の知らせが届きましたね。一作目から30年後の世界と言う事ですが、例の車や一つの味わいである似て非なる続篇のスタイルは見られるのか非常に楽しみ。リメイク版の錆び付いた車との接点なんか描かれでもしたら、もうたまらない“死霊のはらわた”世界サム・ライミ技巧炸裂。…なにはともあれ期待せずにはいられません。刮目して待ちましょう。








 
 ようやく涼しさを感じさせ始めた今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。死霊の南瓜金助です。御覧になった方は既にご存知の事と思いますが、7月に配布されましたゾンビ布教フリーペーパー「Cafe of the Dead」 ver7.0に漫画を描かせて頂きました。C級感を前面に押し出したトンデモSFゾンビ禍1ページ漫画ですが、愛娘が誕生して以来、娘への身近にホラーがなくてもホラー好きになるか実験と娘の相手をしている面白さに時間を費やしている状態なので、映画鑑賞も作画関係もホラーから縁遠く、Gペンと製図用インクの使い方を忘れてしまう程に久々な事もあって、非常に楽しませて頂きました。執筆依頼して頂き感謝感激です。

 死亡フラグという表現がありますが、そのまんまのイメージでゾンビの絵面に使ったら楽しそうだなと思い立ったのがイナズマゾンビの元ネタですが、ゾンビカフェ委員会様よりご依頼頂きましたテーマが「ゾンビと科学」でしたので、SFっぽく(笑)地球征服を目論むUFOを登場させ、相対するナノテクゾンビも投入し、“SFゾンビvs.科学力ゾンビ”の食うか食われるか一大決戦となった次第であります。

 久々という事もあって、あまりというかほぼ描かないイメージ設定など行ったりと限られた時間を堪能しようと気合い充分(笑)。脳内ではゾンビ大戦争が繰り広げ始めました。



 執筆業から離れ1年経ちますが、ゾンビ作家としての道を突き進もうという意気込みだけはありまして(笑)、のんびりですが自称ゾンビ漫画家から自称が取れる日がいつの日か訪れると信じ、こつこつとゾンビ探求を試みています。
 1歳7ヶ月を過ぎた愛娘も、一人遊びや頭がアンパンで出来ているヒーローに夢中でぼちぼち手が離れ、ホラー映画をこっそり観る余裕や惨たらしい絵を描ける時間が取れるようになって来ているので、ゾンビについてああだこうだ考えてみる当ブログで遊べる事も出来そうな気配です。まずは1年近く更新していない状態(!)の自作ゾンビ物語「ゾンビと暮らす。(仮)」をとりあえず終らせてしまわないと(汗)。…それではいずれまた。


こちら「Cafe of the Dead ver7.0」表紙↓

素敵な執筆陣満載です。素晴らしい一冊を御手元へどうぞ。







>衛星より受信。

当ブログではパスカル・ロジェ監督作品の「MOTHER」と「マーターズ」に共通する因子として“姿を見せていないがはじめから存在する真の主人公”説を見出し(笑)、映画界の「パスカルの原理」と位置付け勝手に注目しているわけですが、監督作第3弾はなんと子取り鬼"トールマン"という謎の存在が巻き起こす神隠しの物語と知り、まさに題材からして“姿を見せない主人公”説を提示していて非常に注目していたのですが、今回もそんな仮説がぴったりとはまる出来で個人的に頬が緩みっぱなしでした(笑)

◆鉱山閉鎖で急速に寂れ生気を失った炭鉱町コールド・ロックから次々と幼い子供たちが消えてゆく。行方不明の子供は18人を数え、事件を恐れ人々は子取り鬼を疑い"トールマン"と名づけていた。町で診療所を切り盛りする看護師のジュリアは、突如自宅内で何者かに連れ去られた子供を追い求め、負傷ながらも町はずれのダイナーに辿り着くのだが、そこに集う住人たちが不穏な動きを示し始める。全てが明かされたとき"トールマン"はその真の姿を現しはじめるのだが…

物語の切り返しの妙が巧みな印象。始まりは街の荒んだ現状とその中で跋扈するトールマンという子取り鬼の紹介以外情報を一切与えず進み、まんまと監督の術中にはまっていました。唖然としてしまうほどの衝撃ではなかったにせよ、その警鐘的な含みは1歳を迎えた愛娘のいる私には息のつまる所業。個人的に我が子を育てる事に120%依存している生活なので、もし自分の“娘の身”に起きてしまったらと考えると「恐ろしい」としか言いようがないです。トールマンは映画の中の話に留まらず現実に存在している可能生はあると思われますので、行く末を左右されてしまう不安感は現実的で寒気がしました。

◆以下、内容に触れています。

当ブログ的に考察しますと、その子供にとって生活環境がよくは無いと判断し、そう言った子供たちを誘拐しその子供によりよい生活環境を与えてみる“謎の組織”が作品に内包されていた“姿は見えないがはじめから存在する主人公”といった解釈になり「パスカルの原理」が当てはまりそう言った意味では満足の感。「マーターズ」で強烈な謎の組織が描かれていたのでそちらと比べてしまうと存在感は弱い雰囲気ですが、個人的には愛娘誕生といったタイミングで本作に触れる事になって、実際に子育てに関して居住している市区町村から、子供の成長や両親の環境に不安や悩みなどを事細かに状況を調べにくる職員さんが派遣されて、相談させて頂いたりしていているのですが、その中には当然「子供の生活環境調査」も含まれていると考えられるので“トールマン”と被り本作がフィクショッンとは思えない感覚に捕われ非常に複雑な気分を味わってしまった作品でした。愛娘が誕生していなければここまでシビアに感じる事無くまた違った感想になったかも知れませんが、子供の立場から発せられた最後の言葉が最も重要な意味と思えた事はきっと私自身子育て以前にも感じられたと思うので、非常に考えさせられる話として良作としたいと思います。

余談になりますが、ホラー映画を見ていて最近思う事は、自分に子供が出来て“ホラー映画がより怖く思えるようになったのではないか”という感覚です。ホラー映画ファンとして怖く思える状況が増えた事は個人的には非常に嬉しいと感じられる反面、今まではホラー映画の恐ろしさを自分を照らし合わせる事で考えさせられて来ましたが、もし我が子が恐ろしい状態に陥ったらと照らし合わせ考える事の恐ろしさの負荷がかなりの重圧で驚いています。この“感覚”は個人的にはホラー映画が与えてくれる大切な事柄として心得たいと思いました。今後もホラー映画に感謝しつつ恐れたいと思います。







皆様、お元気でしょうか。
執筆業からは遠ざかり、すでに死に態「死霊の南瓜金助」です。

子育て中心の生活にシフトしてからというもの、ほとんどホラーやらエログロからは遠ざかってしまい、ゾンビやホラーの情報収集もままならず、ブログ更新の原動すら無く(笑)、愛娘の起きている間は“まるで健全な人間”を装って暮らしている日々を続けて早1年と半年あまり…しかしながら頭の中は変わるわけもなく、血と残酷描写の飛び回る脳裏です。

そんな中、どう言うわけか頭の中でふと「ゾンビ」と「くたくた人形」が結びつき、すでにどなたか拵えていそうな気配もありますが私は未だお目にかかった事がないので、そんな代物が商品的にあったら面白いだろうなとイメージを落書きしてみたところです。



他におもちゃとしてゾンビを活かせそうなアイテムは無いだろうかと考えてみた所、これまたありそうなイメージですが「ゾンビのボウリングピン」や「ゾンビドミノ」なんかあったら楽しそうだなぁといろいろと妄想しているうちに、だんだん“ぞんびのおもちゃ屋さん”でもやってみたい気になっています(笑)。ボウリングやドミノなんかはありもの使って試しにすぐに拵えられそうな雰囲気ですが、とは言っても愛娘の視線をかいくぐり取りかかるのは現在の生活環境からは至難の業…そろそろ保育園通いを考えているので構想を練りつつその辺りで愛娘が手から離れた頃を見計らって…などと画策し妄想を抱いていたりします。


※10ピン全てちがう絵面の方が楽しそうです。

※ドミノは同じ絵面でも群衆の効果絶大ですね(笑)。指で倒すと噛み付かれてしまうのでミサイルを型どった指サックなんか良いかも知れません。

ゾンビボウリングでちょっとした遊び道具を思い立ったので参考までに以下に画像を添付。コチラのゾンビボウリングは特製ピンを使って傾斜を下りて来て襲って来るというニュアンスです。そのうち試作品でも作ってブログのネタにでもしてみようと思います。


ところで1歳4ヶ月の愛娘は、自分の思い通りにならなかったり機嫌が悪く眠かったりする時にあやそうと抱きかかえると、私の顔に向かって本気頭突きや顎めがけての本気噛み付きを繰り広げて来ます。どこで憶えたのか不明だけれど、その姿はまるで不機嫌ゾンビと言えそうな状態に。一歳児といえど頭はそれなりに硬いし歯は小さくて先端が鋭く、両方とも結構な痛みなのですが、それはそれで可愛くて仕方がないです(笑)。…となると、ゾンビの噛み付き行為は食欲の現れではなく幼児期に脳に刻まれた不機嫌という意識の表面化とも考えられはしないだろうか?(笑)などという新解釈も考えられ、3歳児並の知識を有するといった表現もあるゾンビは、ともすれば3歳児までの記憶の蘇りといった可能生を考察してみるのも一興かもしれないと思ってみたりしています。ナイスです幼児愛娘。

そんなこんなでゾンビ映画もみられない日々の中で、それなりのゾンビライフを過ごしています。それではいずれまた。






ゾンビ達には、生前での心理に強く刻まれた行動をゾンビになっても繰り返してしまうという不思議な現象が見受けられる場合があります。日本のゾンビ達は日の出を見るにつけ、正月の一大イベントでありそうな初日の出を思い出し、毎日を正月気分で迎えてしまうのでしょうか。



あけましておめでとうございます。

去年はおととしの暮れに誕生した愛娘の子育てが中心の生活になり、いろいろあって映画鑑賞もままならない程に慌ただしく過ごしてしまいましたが、娘も一歳を迎え新生児の頃よりは自由のきく時間も取れそうな気がしていますので、映画館に足を運んだり、DVD鑑賞に勤しんだり、エロ&グロを描いたりと、ホラー寄りの生活に戻りそれぞれに励みたいと思っています。

我が家では娘の目の届く所にホラーとエロ&グロは置かないというシステムなので、娘に感づかれない程度にこっそりと励み暮らしてゆくのですが、こう言ったシステムは、ホラーやエロ&グロを有害と見なしているわけでは無くホラーとエロ&グロを万が一の異常行動の原因とされる事から守りたいという思いと、ホラー映画の全く無い環境からホラー映画好きは生まれるのかと言う壮大な実験の為でもあります。考え過ぎかも知れませんが、そう言ったわけですのでいつしかもし娘に会う機会がありましても娘にはくれぐれも内緒でお願い致します(笑)


それとゾンビとは全く関係ありませんが個人的な話題として、今年は過去に雑誌で発表した18禁漫画を「おかさき潤」名義で数点電子書籍化していただけそうなお話を頂いておりますので、執筆関係はその辺が中心となりそうな気配です。うまく事が運ぶかどういった動きになるかは全くわかりませんが、手元には単行本化や電子書籍化されていない原稿が300ページくらいはあるので(笑)、ともあれなにかしらの形で改めてそう言った原稿達を発表出来るといいなと考えています。基本自称ゾンビ画家の姿勢は変えずにね(笑)


今年も皆様にとって充実したゾンビ年になりますように。





>衛星より受信。

なかなかに意地の悪い作品。映画としてはかなり好みの作りでした。

原題にありますDIVIDEを日本語に訳すとどう言った意味合いなのか、調べてみましたら、「…を分ける/分割する/…を隔てる/分離する/分配する/分裂させる」と言った文字が目に入りました。タイトルの「ディヴァイド」が示す通り、本作は“ディヴァイド”だらけの箍外れ祭り映画でした。

◆大惨事によって壊滅に向かう街…惨状から逃れようとする人々…アパートの地下に逃げ込んだ9人の男女は、何が起きたのか状況が解らないままで次々に遭遇する強引な所業と本性の露呈… 彼らに生き残る術はあるのだろうか…

☆以下、内容に触れて
います。

ソリッドシチュエーションと言うジャンルが確立されてきたのか、その手の謳い文句がよく目に入ります昨今。本作もそう言った部類のようですが、他の作品と一線を画する点は、大体が外界には日常空間が待っているけれど本作では危険から逃れても外界に生き延びる術が存在しうるのかという所でしょうか。そう言った生きる事が難しいであろう意地の悪いスタートから、所々で生き延びられるかもしれないという夢の様な希望を与えては奪い、それをくり返す事に終始したような描き方が残酷に思えました。

中でも目から鱗が落ちたような印象を受けたのは、生きる望みが絶たれたと思てしまいそうな中でもどこかしら何かしらの“逃げ道”を作り、それを繰り返す事によって、“絶望”よりも一つ前の段階の“僅かながら生きる伸びる可能生を信じた状態”の方がむしろ残酷ではないかと率直に感じられた点。生きられる望みを抱いてしまった事がより一層の落胆を生むと言う生きられる望みと死ぬであろう運命のくり返す恐ろしさが本作の見所なのではないかと感じられました。このエッセンスが監督の意図するものか偶然かは解りませんが作品として個人的には大好物です。

“ディヴァイド”たる所以をいくつか思い出してみますと、避難時に外界との分断/食料の分配/子供との別れ/生き残るべき未来へ繋ぐ処置/感染者として/大人は救出しない/弱者強者/信じられる人間の選別/拷問を実行するもの否定するもの/食料の独占/支配するものされるもの/武器を持つもの/人間性を保つもの保てないもの/逃げ伸びるもの閉じ込められるもの/死体と生きている人間…この辺りでしょうか。その二分した立場の弱気ものに対して、地下に逃げ込めた/食糧が貯蔵されていた/快楽に逃げる/従う事で食糧配給/拳銃の存在/便所をくぐり抜けられれば外に出られる…といった希望が投げかけられ、生き延びられないと思われた場面から点在する逃れる術が放り込まれ、それを毎度毎度奪い去る事が作品を一層シビアにして行く印象を受けました。

そんな絶望的な印象すら漂う本作にあって、個人的に本作が「人類滅亡ではない」と信じられた場面がありまして、それは「連れ去られた子供が施されていた処置」を見た瞬間でした。私は現在9ヶ月になる娘の親なのですが、その娘が生まれてすぐに黄疸治療として光線療法なる施術を行われまして、オシメ一枚の姿で本作で見た子供のそれの様な“目に防護策”を施され光をあてられていた姿を思い出しました。連れ去られた子供が施されていた処置が何らかの治療の一貫であったなら、人類滅亡も回避出来るものとも考えられますし、荒廃した街の中に一人佇むラストシーンを観た後でも生きる希望がまったく無いとは感じませんでした。その事からも絶望を描いた作品だとは思えず、創世めいたニュアンスさえありそうな世直し作品なのではといった印象も強く残りました。


斯く言う私は同監督作「フロンティア」を未見の為、本作のイメージを参考にしつつ、そちらの世界観も堪能してみるのも面白そうだなと楽しみが
一つ増えた感じです。








>借りて来たゾンビ。

TVシリーズ終了後に一気に見てその世界観に没頭しようと企んでいた「ウォーキング・デッド」でしたがワケあってDVD版を鑑賞する事になり、そうと決まればと意気勇んで鑑賞するに至りました。

◆職務中に銃撃され意識を失った保安官のリック。病院のベッドで目覚めた時、病院周辺は死体だらけで何が起きているのか見当もつかず。その惨状から家族の身を案じるリックに動き回る蘇った死者達が集まり始めていた…一体何が起きたのか、リックは家族に再会できるのか…

☆以下、内容に触れています。

シーズン1・第1話の完成度は素晴らしいの一言。続く2話以降も6話まで人間模様に重きを置きつつも所々でゾンビアタックも見られ飽きさせない印象。シリーズ1は満足の出来でした。

まず死体の列で大惨事の印象付けから世界観の異常さは屈指の幕開き。抜群の息をのむ静けさ。ゾンビ達の獲物を見るや否や意外に早歩きな所もうまい具合の速度で感心。特に見事だったのは下半身の無いダメージゾンビの造形。その風貌から哀愁すら漂っていそうな悲しみの滲み出ていそうな雰囲気を感じたのは稀でゾンビ像としても貴重な存在感ではないでしょうか。要所要所で登場するゾンビの造形もダメージを表現しつつの印象でしっかり死者たる面目も維持。

ゾンビの特徴としては、“音で集まってくる”、“頭を狙って仕留める”はいわゆるゾンビのお約束。 首だけになっても脳を破壊されない限りは動き、コンクリートの破片の様なものでガラスくらい割る事も出来る。 “脳に何かいる”と言った言葉が見られこれは寄生虫的なニュアンスとも取れウイルスとは別種の気配を醸し出していましたが、シリーズ1終盤では主人公達の逃げ込んだCDCの施設で微生物・ウイルス・寄生虫・菌・そして神の怒り説まで飛び出し、原因は全く判っていない様子。

さらにゾンビ達は臭いで人間とゾンビを判別しているらしく、(原作でも描かれましたが)死体を分解して流れ出た腐敗臭のしそうな体液を体に塗りたくりゾンビの群れにまぎれるといった行動も見られました。死体汁を塗ってゾンビにまぎれる姿は一部のゾンビ映画で既に描かれていましたが、なかなかに辛いシーンでもあります。

1話で最も気になった点は“引っかかれたりしていないか”と言った言葉を見られた場面。引っかかれてゾンビになる作品てそう見かけないし、後にその意味合いに通じる場面が描かれるのか注目したい所。果して今後の展開の中で引っかかれて感染するシーンは描かれているでしょうか。

そして馬を喰らうゾンビ達には要注目でしょうか。馬喰いゾンビで印象深いのは御大ジョージ・A・ロメロ監督作「サバイバル・オブ・ザ・デッド」で描かれた衝撃のニュアンス。ロメロ監督と言えば、かの「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」で既に虫食いゾンビを描き、その後も「ゾンビは人間以外も食べるんだよ」と言い放ったパイオニア。コミック版「ウォーキング・デッド」でも動物喰らいは見られ、このTVシリーズでも動物喰らいがどう言った意味合いを持つものなのか個人的には非常に気になる所。これは2話3話でも鼠や鹿といった具合に様々な動物を喰らうシーンが挟まれ、“市内の食糧が尽きたから”と言った推測から森に入り込んだと言ったセリフも見受けられて、なんでも喰らいそうなゾンビ達の行く末を見守ってゆきたい所です。

ゾンビ化の際のプロセスも着目されていて、車が揺れる度に骨がきしみ死ぬほど痛い、高熱を発する、副腎が傷ついて脳と主要組織が髄膜炎のように犯されて行くとし、映像化された脳内のシナプス映像から感染後に脳幹部だけに見られるシナプス映像と具体的な現象もわかりやすい。感染してからゾンビになるまで早くて3分、長くて3時間との報告、人間らしい部分は働かず本能しか残っていない非常な抜け殻と聞けば、ロメロ御大の描くゾンビのそれ。顕微鏡で見る奇妙な物体の存在も気になる。

愛する妻のゾンビを撃てずに涙ぐむ人の姿や、病人を抱え込み生き抜こうと抗う人からゾンビ物語では絶対外せないダメ人間達もしっかりと存在し、自らゾンビになる事を選ぶ人、生きる気力を失い死を選ぶ人、生き残る為なら自分の手首さえ切り落とす凄まじい姿まで、終末世界での人々の姿も見応え充分でした。

シリーズ1のラストでは原作1巻には無い施設大爆発を前に、その後に何が起きるか解らないながらも、生き残った人々が寄り添い希望を胸に生き抜こうと決意する姿が見られ、
望ましいエンディングを迎えて収まりも良かったと思います。

さて続きますシーズン2はいかなる物語が待ち受けているのか、期待してみたいと思います。








>衛星より受信。

始終とにかく面白かった!!
素晴らしきキューバ発ゾンビムービー。

◆反体制派のデモが起きているキューバ。「剣さえあれば生きて行ける」と信じるフアンは、死んだと思われた人間たち動き出しているのに不安を抱き始める。生者の中に死者たちが蠢いている事に気付かずに蔓延し始めた禍の中で、フアンは仲間と共に“愛する感染者達を代わりに始末する”代行殺人社なる慈善事業を始め金儲けを考え出す。当初、事業はうまく行くと思えたのだが…

☆以下、内容に触れています。

まずフアンたちが吸血鬼や狼男は知っていてもゾンビを知らない状態から始まる。この世界もお決まりの“ゾンビ”が創作物としても存在しない世界なのかなと思っていると、突然牧師が言葉が通じないなりに「ゾンビだよ生ける屍だよ」と豪語。上手い。そりゃあゾンビのゾの字も知らないで育った人たちっていますよね、絶対。目から鱗。ゾンビ発生の原因など活かせる知識のないものには到底調べようも無いのは当然だし、どう生き抜くかが死活問題。遅いゾンビ早いゾンビ混合種のウサギとカメになぞらえ適格表現至極納得。

見応えは主要人物達が銃を使わないで身近な道具で戦う点でしょうか。個人的には“身近な武器でいかにしてかつて人間だった存在をどう惨たらしく仕留めるか”がゾンビ映画の醍醐味のひとつと思っているので、本作の冒頭の吸血鬼まがいの仕留め方から、死体のぞんざいな扱いに、大量斬首など、ゾンビだから笑えるコメディセンスも満足のいく描き方で大満足。

ゾンビ達の見せる傷ましい姿も実に素晴らしかった。私のゾンビに求めたい姿は、生きている筈無いくらいの大怪我なのに動いているといった状態で、言わば“ダメージゾンビ”推奨派なので、その点も満足のいく描き方でした。島から逃げ出した人間たちを追ってか、海の底で群がり蠢くゾンビたちもまた素晴らしい事。

全裸で手錠に繋がれ武器無し無防備のゾンビ攻防もスリリングで見た事ないし面白かった。ドジな親友のしでかすとんでもない失態の唖然とさせる数々、お互いをわかり合ってこそできる冗談に見る深い友情、私は現在7ヶ月を過ぎた娘がいるのですがこの作品をみて娘への愛の深さに感動し、私自身も「お似合いのカップルだ」と言いきって祝したいと思いました。リスペクト父親像。パチンコ上手のおかまさんと血の苦手なマッチョもいいコンビ。「一番いかれている」と豪語した、いかしたデザインの改造水陸両用車も実に素敵だったし、全編ツボ押されまくり、何もかもが面白かった。

斬新に感じてしまったのはエンディング。ラストシーンで戦慄が走りました。多くのゾンビ映画がそうであるように、新天地を求め脱出をはかるというのが一般的なエンディングと思われる中で、フアンは単身で島で生き抜く事を決意…私の記憶では、やむなくゾンビの群れに挑むといった最後や咬まれて仕方なく残るといった状態は、すぐに思い浮かぶのですが、そこで暮らす事をはっきりと“決意表明”した作品て目新しい気がしました。この貴重と思える生き様と潔さ、素晴らしい。


笑いと涙と感動と潔さの結晶が輝く痛快娯楽ゾンビ映画の登場!!! 数多存在するゾンビ映画史上でも無類の傑作と呼びたい逸品でした。










第2章「生ける屍と乳児〜第3部〜」


(1)腸の働き〜排便

離乳食も開始一ヶ月程が経ち、排出する便の状態も水っぽいものからペースト状のものになり腸の活動が始まった様に思います。生後6ヶ月にしてようやく腸が整い始めました。かくいうゾンビの腸運動は謎のままですが、乳児にしてこの機能ですから、ゾンビと言えど赤児ゾンビで無い限り腸の運動を備えたものがゾンビ化したとなれば、噛み砕き、唾液が確認されている節も見受けられ、腸にしても若干の機能は残っていると考えてみてもよさそうです。

ゾンビを見ていると人肉を喰らい飲み込む事は出来ている雰囲気なので、食道に次々と押し込まれてくる人肉が胃に届き、あとは消化機能が万全でなくとも胃や腸が肛門にまで運ぶ運動さえしていれば肛門からどうにか出て来ると考えてもいいのかもしれません。新生児といえば、誰から教えられたわけでもなく生まれながらに備わっている、母乳や粉ミルクを飲んで便を排泄する事が出来る状態。新生児がいわゆる原始の脳と言われる脳の中枢に食の関連で排便行為が備わって生まれて来ると想定して、ゾンビも脳の中枢が機能している状態と言われていますので、排便を行えるとしてもよいのではないでしょうか。

またロメロゾンビを例に挙げれば、生前の行動が記憶に残っているとした場合、便意から便器に座る行為が記憶に残っていると想像出来る事を踏まえれば、ゾンビ達も実は何らかの形で何処かで排便しているのではと考えられ、生前の人間だったが故のもの悲しさを醸し出して来てなかなか面白いです。


(2)食べ掴み〜食欲の行方

愛娘は最近では自分の意志で腕を動かす事もそれなりの行動を見せ始め、目的の物に向かって手を伸ばし続けなんとかして掴もうとする姿が、一心不乱に人間に向かって手を伸ばすゾンビのそれを彷彿とさせて来ました。

咬む事も憶え、指だったり腕だったり突然咬んで来るので驚かされる事もしばしば。自分の足を掴んで舐め回す仕草は掴み舐めが出来るようになってから今だに続けているのですが、ふと「おいしいのかな?」と妙な疑問が浮かんで来ました。以前たまたまベビーベッドでオシメを替えている時に私の口に愛娘の足が入って来て若干しょっぱかった事を思い出し「塩味がおいしいから自分の足でも舐めちゃうのかな?」という考えが頭をよぎり、そこからゾンビが人類を食いつくして最終的に自らが自らの体を食べてしまうと言う、最後の最後まで“飽くなき食を示す恐ろしさ”を描くのもゾンビの終末観にはふさわしいエンディングなのかもしれないと考え至りました。そう言った作品に私は出会っていませんので出会える日を楽しみにしています。まだまだゾンビを描ける余地は残っていそうです。


(3)脳幹・大脳辺縁系の大脳皮質との隔たり

愛娘の3〜4ヶ月検診の時に頂いたとある小冊子に、「脳幹と大脳辺縁系」「大脳皮質」の成長についての記載がありとても興味深い内容でしたので、育児からみるゾンビの脳の状態を考察してみたいと思います。前々からゾンビと脳の関係を知りたいと思っていましたが、このタイミングで脳について触りだけでも考えられるとは思っていませんでした。育児様々。

数あるゾンビ映画の中でもロメロ監督作のゾンビ達が、脳の解剖や思考力に関してとても興味深い描き方をされていて、「ゾンビと化した場合、脳の中心部が完全には機能を失ってはおらず“死んだ”あとも働いていて、その後の行動に影響を与えている」と理解していますが、その脳の中心部に「脳幹と大脳辺縁系」が含まれていると仮定して私なりに考えてみようと思います。

まず「脳幹と大脳辺縁系」は、生きていく上でも最低限必要で不可欠な機能とされ、基本的な“命”の維持を担っている部分で、いわゆる脳の中で最初に発達し、呼吸・体温・睡眠・食欲・姿勢の維持・情動(快・不快・怒り・恐怖など原始的な感情の動き)などに関わり、爬虫類も持つ最も原始的な部分と言われているようです。そして「大脳皮質」は、人間らしく生きるという高度な機能を持ち、考える・計算する・記憶する・言語のコミュニケーション・情動など“人間らしい”高度な精神活動や、細かな運動等をおこなう脳とされ、「理性」はこの部分が担当していると考えられているようです。生命維持に必要な「脳(脳幹)と大脳辺縁系」が発達し、そして高度な機能を司る脳への“つながり”が出来て「大脳」が発達、その“つながり”は刺激によって作られるとされているようです。

この時に脳の中を“つなげて”いるのは主にドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンという神経系で、セロトニン神経がうまく作られてきちんと働いていると、原始的な“不安”が生じたときにそれを前頭葉で“安心”に変える事ができるそうです。“不安”や“恐怖”が高度な機能の脳につながって“安心”となり、“大丈夫”という理性を以て適切な行動を取れるといった事がセロトニン神経の重要な働きと考えられているようです。セロトニン神経系は生後5年間で形成されると考えられ、朝の光と安心感が刺激となり育成されるそうで、子供の早寝・早起き、そして安心を与えられる環境作りが重要と言われているのはセロトニン神経系の効果・育成を考えた結論ではないかと思われます。

セロトニン神経がうまく働かない脳では、不安は不安のまま取り除かれず、ストレスが増大し、思春期の悩みや問題に心が耐えきれない状態に陥ると考えられていて、感情のコントロールもうまくいかず、恐怖や衝動性を抑えられず、大きな攻撃性を生んでしまう危険性があると考えられているようです。

「脳幹や大脳辺縁系」など、脳のより原始的な働きの部分の上に、「大脳皮質」、「前頭葉」が育ち、「脳幹や大脳辺縁系」が心や体の基礎となる部分で、「大脳辺縁系」で起こった情動を理性の「脳」が制御し、不安を安心に変えたり、衝動性を自制心で抑えたりしていると言う事のようです。

私自身が正しく理解しているかは疑問ですが(汗)、ゾンビは、ヒトとしてのコントロールの要である「大脳皮質」が機能せずに、セロトニン神経の“つながり”が絶たれてしまい、「脳幹と大脳辺縁系」が辛うじて機能していると考えてみれば、ゾンビ達が行う食欲にまかせた暴食行為になんらかの関係性を感じられ、また、情動を抑えられないとするならば、人間への恐怖心から自己防衛的に襲い来ると位置付けられる事もでき、この“脳の仕組み”から考えるゾンビ像はかなり興味深いです。ゾンビと脳の関係はこれからもまだまだ新解釈が出て来そうですので頭の片隅にでも踏まえておきたい所です。


(4)唸り声からの意思の疎通

「ゾンビコップ」「バタリアン」等、言語を操るゾンビもたまに出現して来ますが、いわゆるゾンビと言えば唸り声を発している姿が思い浮かびます。

愛娘は生後2ヶ月くらいの頃から唸り声のようなものを発し、その声の可愛らしさにゾンビとの比較が困難(笑)と前述記しましたが、その後生後6ヶ月を過ぎてまだ言葉のようなものは発してはいないとはいえ、唸り声や奇妙な発音の連続に奇声と、成長段階の脳でいろいろと口から音を発して来ていて、何かを伝えたいという意志の疎通を試みている様子が伺えます。

さてゾンビはどのような時に唸り声を発しているのでしょうか。襲いかかる時や威嚇のようなゾンビ同士で食べ物の奪い合う時が思い浮かびますが、ロメロ監督作「ランド・オブ・ザ・デッド」を例に挙げますと、ゾンビが唸り声をあげ意思の疎通をとっている姿が描かれ非常に驚かされました。前述しました言語のコミュニケーションを司ると言われています「大脳皮質」が機能していないのであれば、いわゆるゾンビが言葉を操れないのも頷けますが、言葉を操れない動物も然りどう言った仕組みなのか意志の疎通がとれている不思議。一端“死んでしまった”ゾンビと生後6ヶ月の愛娘の唸り声対決は現段階では意思の疎通がとれているゾンビに軍配が上がりそうです。申し訳ない愛娘…受け取る方の読解力が未熟な為に要求を理解出来ない事のもどかしさたるや、意思の疎通が可能なゾンビ同士が羨ましいとさえ思ってしまいました(汗)。





第2章「生ける屍と乳児〜第4部〜」へ続く。


以下、今後の更新内容及び時期予定

●歯が生え始めた頃
●ずりばい及びハイハイをし始めた時
●歩き出した時
●言葉を発した時

それではまた検証時期が訪れました時にお会い致しましょう。

我が愛娘に感謝。









トップへ 忍者ブログ [PR]