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“ゾンビと楽しく過ごそう!!” を標語に日々ゾンビとの接し方を摸索しているブログです。「ゾンビ保護区」を目指し出会ったゾンビ達の観察記録や創作ZOMBIEまんが&すけっち他、好きなホラー映画やお気に入り断絶映画の事等気まぐれに更新しています。
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なんとなくつぶやいています。



手持ち無沙汰に一コマゾンビつぶやき
「TWITTER OF THE LIVING DEAD」
などと気がむいたらやってたり(苦笑)
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☆「小林少年(丸)」名義電子書籍配信中

kindleでも読めます
(18歳未満の方は購入できません)
→「」/→「妹小屋
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中古紙物はとてもお求め易い価格(笑)
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「ギャル改造ケイカク!」

長いのから短いのまで
50話分配信中!!

「エロ美ちゃんオーバードライブ」

元ヤン総長エロ美ちゃんが
エロにマシンに仁義に大奮闘!!
「ゾンビと暮らす。(仮)」
☆自作ゾンビ物語
[portrait of the dead]
めざせ!! ゾンビ小説家!!

ゾンビが好きすぎて自作のお話なんか
拵えております。興味のある方は寄って
みて下さい。とは言え、なにぶん素人の
書く物語なので大目にみて下さいね〜。
ひとまず秘かに裏道へと進みます。
ブログ内検索。
ジョージ・A・ロメロ監督作。
☆ゾンビ新時代到来の息吹を最後に…
ロメロ監督の思惑は果して…?!



当ブログ的ロメロゾンビ考察一覧

☆2017年7月16日に肺ガンで
他界されてしまいました…
この世にゾンビを放ってくれて
ありがとう・・・
新着ゾンビ小説紹介。
☆「ゾンビ百人一首」
作者の青蓮さんのご厚意で拝読中です。
百人一首から紡ぎ出される
ゾンビ物語の数々。
一節が非常に短くちょっとした合間に
読めるので、育児の傍らにも最適(笑)
簡易ギャラリー的ブログ紹介。
☆奇怪漫画製作部 のざらし倉庫


「のざらしむくろ」名義でお贈りする
自作漫画カスタマイズ版及び
「南瓜金助」で制作した作品を保管する
倉庫的ブログを設置しました。
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↓DVD-R発売情報専用ページ

日本に於けるゾンビ映画に新風を
吹き込む気鋭doragodonさんが挑む
和とゾンビの融合!!!!
当ブログの感想はコチラに。

予告編1予告編2

doragodonさんのブログはコチラから。
自作ゾンビ漫画紹介。
☆「月刊 退廃トラウム」好評配信中!!!
めざせ!!ゾンビ漫画家!!!


長田ノオト先生の編集されました随時更新型耽美エロバカ電子書籍「月刊 退廃トラウム」にて上記イラスト全景ほか耽美ゾンビイラストとゾンビ漫画4頁を掲載して頂きました。因に月刊表記は洒落のようです(笑)。総勢40名程の執筆陣の耽美パトスが凄い!!! 御覧になってみて下さい。



「退廃トラウム」ふろく本「トラウマッ
でもゾンビ漫画1頁とゾンビ腸迷路3作品
を配信して頂いております。
興味のある方は是非お寄り下さい!!!
スペシャル企画。
不定期更新 「ZOMBIE vs. BABY」


「生ける屍対赤児/目次」
「産まれて間もない赤児」と
「死して間もないゾンビ」との比較検証。
最新コメント。
☆コメントは承認後公開となります。
「プラナリア・プログラム」
☆続篇思案中にて。
切っても切っても分裂・再生を繰り返し
てしまう特殊な肉体を持った女性を
描こうとショート漫画と連作イラストの
シリーズ化目指し展開中。

血が多いので表立っては反転で投稿。
15歳以下は画像クリック不可です。



第1話(2P漫画)はコチラに。
イラスト展開はコチラからご覧下さい。
「すろ〜ぺ〜す・ぞんび君」
☆めざせ、ゾンビ漫画家!!
▼現在第4話(番外編)まで完成。
↓第2話はR-15なので
15歳未満の方はご遠慮下さい。

→第1話はコチラから
15歳以上の方は第2話をドウゾ
第3話第4話(番外編)

▲新キャラゾンビの
「カワナシノカオくん」
いつの日かぞんび君と対面します。
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☆漫画やイラスト等を描いています。
↓ゾンビ布教フリーペーパー
「Cafe of the Dead」ver2.0

↑表紙&本文1ページ漫画掲載。
ゾンビカフェ委員会様HPで電子版閲覧可

↓特製予告漫画

南瓜金助参加コミックス全目録
参加同人誌紹介。
☆駕籠真太郎先生企画監修
うんこ100選
〜世界がもし100個のうんこだったら2〜

1頁うんこ漫画「美女内臓カレー」を
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久しぶりのオリジナル漫画です(笑)
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興味のある方は是非お手にどうぞ!!
「ゾンビカフェ委員会」
☆ゾンビカフェ実現を目指して

↑ゾンビ布教フリーペーパー
「Cafe of the Dead」を発行されています
「ゾンビカフェ委員会」様のHPです
プロフィール。
HN:
死霊の南瓜金助
性別:
男性
職業:
自称ゾンビ画家
自己紹介:
ホラ〜映画は好きでゾンビにも興味はあったのですがリメイク「ドーン・オブ・ザ・デッド」(2004)を見てからというものモノスゴク好きになってしまいました。好きと言うだけでマニアックという程の知識はありませんけれど。そんな訳でゾンビ熱発症からは日が浅いのですが、以来、ゾンビ漫画家になるのが夢です。「南瓜金助」と言うペンネームでちょっとした漫画を描かせて頂いたりもしていました。
私的暫定ゾンビランキング(〜2014)

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▲「ノウガマルミエちゃん」も
ぞんび君のお友達です。
ゾンビと歩む。
お探し物をお買い物。
ゾンビグッズをお探しならまずは↓




ゾンビブログ紹介。
☆相互リンクさせて頂きました。




管理人DM様/「ポップでライト」なゾンビ
ファンサイトを目指し備忘録的にゾンビ
ワールドを紹介。ゾンビ愛好家ではなく
ゾンビと戦う事にスリルや興奮を感じる
仲間を募集中との事。因に↑設置バナー
は私(カボチャスキ)が納品致しました。
最古記事。
ゾンビと歩こう…


ゾンビ、ぞんび、ZOMBIE…
ゾンビの事だけ考えて暮らして
みたいなぁ(笑)。…でも年に
一度のカボチャイベントは
外せないけれど(苦笑)


>衛星より受信。
amazon→「ブラック・オプス 超極秘任務

 原題「ZOMBIE NINJAS VS BLACK OPS」…嘘みたいなタイトルですがまんま示す通り、忍者みたいな格好をしたゾンビ達が暴れまわり、特殊部隊と攻防を繰り広げるアクション寄りの内容の作品。ゾンビと言っても、猛烈に襲っては来るものの、人間を食べまくったりするという態では無いので、そういった所業をお求めの貴兄には不向きと思われる作品ですから鑑賞の際はそのあたりご理解の上、お手に取った方がよろしいかと。
 原題で「ゾンビ忍者」を謡っているあたり監督も意識して拵えていると思うのですが、わが国でのDVD化パッケージを見る限りでは「極秘任務押し」のアクションもので攻めてみた感じですね。それでも私のような『ゾンビ好き』には端々に散りばめられた台詞から想像を働かせ(笑)、ゾンビ起源に通ずる稀なゾンビ映画と解釈し、感慨深い一品として当ブログ的にも有意義な作品でした。


以下、内容に触れております。

 さて、その「端々に散りばめられた台詞」から想像するにどうやら、ゾンビの起源に遡る「奴隷としてのゾンビ」の流れをくむ「現代の利用方法」的な理解から、更には「ヴードゥの呪い」的なニュアンスを思い起こさせる場面もありで、久々に出会えた「懐かしい友達」みたいな感じで(笑)、ほほえましい気持ちにもなれました。
 舞台となるビルですが「再生警備」なんて、いかにもな会社名からほほが緩むんですけど、日本の企業が出資しているとかいう話で、そこで死者を蘇られて兵士として使いまわすと言う極秘の研究が行われていたせいで、実験体が会社内で暴走を始め、それを鎮圧しに特殊部隊がやってきてドンパチ始まるといった態ですが、どうやらその特殊部隊の上層部が関与しているらしく、騒ぎに紛れ「研究データ」を奪おうと企んだ揚げ句のこのありさまらしい。日本の企業がどれだけ絡んでいるのかは判りませんが、死者再生の技術を日本が手に入れたがっていたと考えてもそこはそれで怪しくて好いです(笑)。
 驚くべきは忍者ゾンビの動き。早い早い。既出ゾンビ映の猛ダッシュゾンビやパルクールゾンビもなんのその、弾丸をよける程ですからまず面喰いましたね(笑)。弾よりも早く…発射弾越えゾンビの登場です。いわゆるモダンゾンビののろのろとした動きから考えるに、まさに想像を絶する速さ。しかも弾丸を何発撃ち込んでも死なないとくれば、まさにゾンビ然と言った所。あたっても死ないのならばよける必要はないと思いますが、よけて逃げまくる絵面がなんともおかしく、珍しい物を見た感で非常に楽しいです。

 ひたすら忍者ゾンビとの攻防が主に描かれるのですが、この忍者ゾンビ、血液が全くないと言う状態で稼働しているらしい。死者を「生き返らせて」いたわけではなく、死体が「動いている」だけと推測され、もともとの死者を蘇らせる研究からはおおきく外れ、死体が何故動くのかと言う「状態」も全くわからないと言う事で、当然見ているこちらに、理由を示唆する場面はありません。死体がただ動くゆえに「目的」もなく、「精神」も持たない肉体だけの存在との事で、そこから何者かに操られていると判断、ここでヴードゥ呪術の件が出てきます。いったい誰が?研究を頂こうとするやつらの企み?一体の忍者ゾンビの咆哮で数体の死体が一斉に起き出す場面が回想として挟み込まれますが、その咆哮ゾンビが何かを「した」か「された」か…蘇生に携わった医者は早々に殺されているので謎のままで、医者がなにか「仕掛けた」か「仕掛けさせられた」か…。ともかく、動くんだから操って兵器に仕立てようとする態は、後先考えずに使って大惨事を招いた現状をかぶせ、愚かでよいでしょう。

 ともかく、忍者ゾンビとのバトルの果てに、物議を醸しだしそうなエンディングへ突入。忍者ゾンビが逃げ延びた研究者に対して吠え面を拝ませたまま襲わず、雑踏の中に身を投じるといった風の場面です。…なぜ襲わなかったのか?と言う疑問がまず浮かびます。
 吠え面拝ませたその忍者ゾンビは、咆哮で他の死体を動かした忍者ゾンビの親玉的存在。彼だけは何か「特別な処置」が施されていたからなのでしょうか?「死者を生き返らせる研究は人類への貢献であって軍事利用の為ではない」とは死んだ医者の弁…「目的」を失ったのはゾンビだけにあらず?…そして「目的」を持ち帰った研究者は助かって……あくまでも憶測の域は出ませんが、『ゾンビ』自体が永遠の謎。あれこれつじつま合わせを考えるのも、楽しいではありませんか。


 されどファンタスティックかな、ヴードゥの呪い。魔法もまた、謎でよいのです。









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なんだか新年が明けたと思ったら早くも2月に突入していますねぇ…

 先日、愛娘と児童向けゲームセンター的なキッズランドと言う所に行ってきました。遊具やらコインゲームやらありまして、その中に昔懐かしいあの「もぐらたたきゲーム」がありました。今だ現役なんですね、すごいなと感心しきり。
 何のことはない、ただひたすら時間内に穴から出てくるモグラをバンバン殴り続けるこのゲーム…そこがシンプルで楽しいのか、なんと愛娘がとても気に入ってしまい、ならばとデパート的な所にあるおもちゃ屋さんで家庭用の小さなものを購入しました(といっても、買い物ついでのデパート5件目にてようやく遭遇)。…いや、娘の為と言っておきながら実はちょっとした思惑がありまして…前々から夢に描いていた事を実行するチャンスが巡ってきたんですよ…ほら、ゾンビ好きなら皆様考えることは同じ…モグラをゾンビにカスタマイズして、ゾンビたたきにするって野望ですよ。娘が飽きたら速攻カスタマイズして「墓穴からゾンビ這い出し阻止ゲーム」にするんです。ありそうなんですけれど、今もってお目にかかったことはなく、いつか自分で作り変えてみようと画策しておりました。墓穴よりはい出てくるゾンビをひたすらハンマーで殴り続けるだけの攻防!!…これはとにかく熱いじゃないですか(笑)。
 そんなわけで、今回購入した製品を参考にカスタマイズイメージをいくつか考えてみました。至って易い改造計画ですが、当ブログ的には楽しそうな企画なので是非実現したいものです。


かなり雑過ぎる感もありますがもぐらからのゾンビ化カスタマイズは
大体こんなイメージでしょうか。可愛らしくも不気味な雰囲気って難しいですね。

…で、全体のイメージはこんな感じでしょうかね。
なんか思っていた以上に雰囲気ありそうで笑える。
 
いくつか顔パターン考えてみた。個人的には右上のがいいかな

 既に商品化されていたり、カスタマイズしたものがありましたら
是非拝見したいものです。ご存知の方、いらっしゃいましたらご一報ください。


 お次は、前回の「ぞんびのおもちゃ屋さん2」で首振り人形あったら楽しい的なことを書きましたが、ふと紙で作れないかと思いたち、イメージを描いてみたものです。紙製ふらふらゾンビ人形。これなら紙の展開図だけで済みそうなので現実味がありそう。


絵の通りにバランスが取れるかは作ってみなければわかりませんね。

 上記紙製ふらふら人形を考えていたら、急にクラッカーのの外装をゾンビデザインにして脳みそぶっぱなしたら楽しそうだなと思い立ち、ついでにこちらもイメージ。



 娘話のついでに余談ですが、愛娘の夢についにゾンビが現れたそうです。頭を攻撃すれば倒せるという情報は伝えていなかったので、果たして娘がどんな行動を取ったのか気になり、話を聞いた所、なんと水をかけたら追い払えたそうです。これは興味深いですよね、水の苦手なゾンビ…某侵略映画よろしく、水が苦手な宇宙よりの侵略者か、あるいは生前水が苦手な人のトラウマが働いた結果か…とにかく聞いてみて不思議感満載。でも逃げずにゾンビと戦ったんですね、娘。勇ましいな。







…今年は間に合いませんでしたねぇ、あけおめイラスト。残念。

ほぼ三か月ぶりに更新ですが、死霊の南瓜金助です。

 一応は間に合わせるつもりで準備していたのですけれど、極一般人的内容の師走から年明けの忙しさに加え、愛娘に依存の高い私としては、その準備も含めてのお誕生会やらクリスマスイベントやらで自分自身に使う時間は作らず仕舞いで、全く完成には至りませんでしたねぇ(笑)。普通の一児の父親やってます。
 そんな事情もありつつで、新年幕開けの投稿には間に合わず…。証拠の品として下絵でも投稿しておきましょうか…(汗)。恒例の「お目ん玉飛び出してます」シリーズ最新作でした。


追々完成させて行きましょうね。来年のものにならないとは思いますが…



 さて、気が付けばゾンビやホラー映画の備忘録的に始めた当ブログも10周年になっていました…10年ひと昔なんて耳にしますが、過ぎてしまえばほんと、月日の経つのは早いものですねぇ。
 開始当初は元エロ漫画描きだった事は伏せていて、完全に個人的な趣味の域での、鑑賞したゾンビやホラー映画の感想をちょこちょこっと書いておいて、たまにゾンビ漫画なんか投稿してみようかなの形式でしたが、途中からは自分の感想と他の方の見方が全然違うと言う事も感じてきて、自分でも映画についていろいろな感想を聞いてみたいと常々思うところもあって、「私はこういう見方もしましたよ」的な感覚で感想を述べ始め、現在の形になって行きました。今ではTwitterも交え、元エロ漫画描きだった事もさらけ出しての純然たるゾンビブログではなくなり、こんなごちゃごちゃしたブログになってしまいましたが、これはこれで形的には現時点では満足です。行く行くは愛娘も順調に父親離れをしてゆき、投稿数も増えてゆくことでしょう。…寂しくもあり楽しみでもあり。
 この10年間での個人的な一番の驚きは何といっても愛娘誕生でしょうね。いわゆる子煩悩という事なのでしょうけれど、これほどまでに子育てに関わって行こうとする人間だったとは心にも思っておらず。人生どう転がるか判りませんね。『人』を育てるって責任重大で、非常に興味深く難しいけれど、楽しいです。作品とまでは言いませんが、その辺りクリエイター的な感覚もあるのでしょうかね。日々接する事が仕上げへの道のりと思えています。


 …と、まぁそんな状態なので、一昨年からすでに掲げている豊富らしきものは一切表面上では微塵も発展せず仕舞い。それでも自作ゾンビ小説は遅々としてはいますがプロット的なものはできつつあり、最終章のテーマは排泄じゃないか?とか、彼女の腕を探しに行って、「死神」に目を付けられ、そして「僕」の「初めて」の闘争やら、書きたい意欲はしっかりとありますので、書いてゆきたいと思っています。当ブログやらTwitterなんかでも遊び半分に投稿していた分裂系不死身女子切り刻み計画の催し物演目「プラナリア・プログラム2」シリーズとか、怨念ゾンビ漫画「ゾンビ・スウィッチ」に、知る人ぞ知る「悪」シリーズ関連作「デルドスグロイノ」の制作とか、そんな具体的な名前上げてもわからないとは思いますが(笑)あきらめてはいませんので、そういうのも発表したいと意気込みだけは強いですね(汗)。何かしら作り手でありたいというような欲もぼちぼちでてはいます。
 こうなったらもちろんの事、エロはエロで今年も何かしら続ける気でいますのでそちらも興味ありましたらお付き合いください。

 
左「プラナリア・プログラム2」/右「デルドスグロイノ」下絵


あとは「Twitter Of The Living Dead」用に用意しているものなんかもあったり…

 そんな訳で、何もかもが中途半端で、き続きでの新年の幕開けになってしまいましたが、今年もよろしくお願い致します。









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>衛星より受信。

 当ブログでは掲げている通り「ゾンビ保護区」という目的を持ち、ゾンビあるいはそれに準ずる存在であれば、その全てを保護し守って行こうというスタンスで展開しているわけですが、いつものように作品鑑賞後にいくつかのサイトで他者の感想を探ってみると悪評悪評悪評ばかりが目に付く…久々に遭遇してしまいました、ほぼ低評価と言う最優先とすべき保護対象ゾンビを。

 …とは言っても、私自身の本作の評価は、傑作と言い切ってしまってもいいくらい気に入っていて、なんで悪評ばかり書き込まれるのか理解できないと言った困惑した状態。ウイルス感染系ゾンビですが、私がゾンビ映画に求めたい、人類の存亡の脅威となった恐れるべき「"死"にぞこない」と、極めて「残酷な性質を露わにした"人間"ども」の姿はしっかりと描き込まれているし、まぁ、とにかく状況も環境も登場人物も酷い酷い。ダメぶりを列挙した行動に所業が気分の悪さを誘い、身に沁み込ませてくるあたり、同意も出来ず酷く醜く救いの無さが目に余る程、不愉快極まりない雰囲気。その辺りが作品の印象を悪評へと変えてしまう要因なのかもしれないけれど、本作は"そこ"を「作品」として「楽しむ」部類の映画ではないかなと感じられ、私の考えすぎかもしれないけれど、「感情移入できない」と言わせれば、それはもしかすると監督の思惑通りかもしれないし、個人個人の捉え方の違いと言ってはそれまでですが、悪評=面白くない、とは限らないという事を改めて気づかされた作品でもありました。

 本作は是非、事前情報を得ずに先入観なくご覧になってみて下さい。そこで浮き彫りにされた思いがあなた自身なのかもしれません。

☆以下は内容に触れていますので未見の方は注意。

 まず冒頭、外界から隔離された収容所から、感染した人間の変貌を5段階で説明してくれる、親切なまでの演出で始まるわけですが、文字通り「解りやすい」世界観の提示。レベル1は治療で助かるかもしれない状態で、そこが本作の肝となる部分。医者などの事態打開に必要な人物は最優先で治療を受けられ守られるが、それ以外が見捨てるという、常軌を逸した終末観の示唆。もうこの時点で、あり得ないと感じる方は評価を落とし始めるのではないかなと思われます。
 さらに死体を銃で撃ってから破棄していると思われる姿を映し出し、「死者への冒涜」にも思える演出が不穏をあおりそう。当ブログ的にはまずこの場面で痺れましたね。そして、次に迎えるは収容所から外界へ出る為のトンネルでの一幕。医師を含めた4名と言う心もとない人数での、感染していない人々を救出しなければいけない作戦の為に、出発する事になったのですが、外界とを遮断している扉を開けるなり押し寄せるレベル2、3辺りの感染者達の襲撃。助けを求めている感染者も含め、銃で殺しまくり、バットで殴りまくり、足蹴で踏み殺してゆきます。「慈悲など存在しない」と言い切った上官の言葉通り、感染していてもまだ人間性を持った者まで容赦なく殺しまくります。この既に度を越している序盤で、観る者を篩にかけるかのような事態がさらに作品の印象を悪くさせてゆきますね。嫌悪感の煽りがすごいすごい。
 外界では、死者を首吊りにし高く掲げる見せしめ的な映像を映し出し、よくあるパターンではありますが、「死を弄ぶ」感覚はやはりシビアですから、放置されたままの感染者たちの不安を煽るには充分でしょう。空腹や物資調達が目的で襲い来るという感染者が「死んだふり」までして、感染していない人間を囮にし強奪を企てる姿もまた、常軌を逸しているし、放置されたままの感染者たちがゴミだらけの街中で暮らしている姿も、収拾のつかない現状の辛辣さを物語り、さらにワクチン開発を称した人体実験を繰り返していると言うようなコメントもまた、狂気の沙汰を増長してゆきます。
 空腹、飢え、キチ〇イ沙汰…そんな中で救出隊は、感染者が人間を喰うのではないかという事態に遭遇します。のちに現れる食人行為を、流れを作ってからわざわざ持ってくると言う、またしても親切な作りと、その”感染者を「怪物=ゾンビ」に仕立て上げる為の強引さ”が、個人的には楽しかったりして、ゾンビが何故人間を喰らうのかと言う素朴な疑問の簡単な理由付けではありますが、描きどころとしては目新しくここも監督の描きたい部分であったのではないかなと、想像してみたりしました。
 非感染者を救出に向かった一行は、感染者たちの襲撃にさらされながら、ようやく目的地である学校に辿り着きますが、案の定、感染が蔓延した後で、助けを求め半狂乱のになった女性をあっさり刺殺し、隊員はその行為をさも当然な行いだと主張します。恐らくはこの時点で、度重なる異常行動に対する鑑賞者の不快感が爆発してしまいそうな雰囲気。さらに追い打ちをかけるように示す、感染者の連続襲撃に見せる殺傷行為で攻め続ける演出がまた、主観映像のゲーム視覚が”遊び”的印象を誘発して、非常に”厭な世界”を築きあげてゆきます。
 そして許せないであろう決定的なな最悪の事態、医者と名乗った主人公は実は医者ではなく、家族の事だけを心配する”ただの母親”だったと判明。知識も防御力も皆無な”なにも持たない”母親が離れ離れになってしまった家族に会いたい一心から医者を名乗ったわけですが、結果、大勢の感染者を殺させ、救出部隊を壊滅に導き、何も得られなかったという、死ななくても良かったはずの大量虐殺だけが残る、不快極まりない自己中心的行為が露わにされ、鑑賞者の怒り大爆発と言った所でしょうか。その抱いた怒りは、人としてたぶん当たり前に沸き起こるもので、間違ってはいないはず。そして以前の私だったら主人公に対して疑問符を投げかけていたことでしょう。しかしながら、私も娘を大事に思う身…”崩壊した人間”が蔓延る世界で、娘一人をほおってはおけないだろうし、何としても助けたいと考えてしまいそうだなという、思いもこみ上げてきました。人類を取るか、家族を取るか…究極の問題を突き付けられた感も手伝い、感慨深い瞬間でもありました。
 そこから、娘救出にかられる母親に賛同した女性隊員が、感染者に連れ去られ、内臓を喰われると言う事態に巻き込まれてゆくのですが、自らの腹を切り裂かれ、内臓を引きずり出され、貪り喰われる姿を、お決まりの主観映像で見せつけてきます。とても不快な雰囲気の中、母親は女性隊員を喰ったやつらを銃で撃ち殺し、はたまた顔面の肉がそげるほどに銃尻で殴り続け殺します。仲間も感染者もどんどんどんどん死んでゆきます。
 ようやく母親の自宅へたどり着いたのだけれど、娘は感染していて、父親は娘を襲わないようにするために車のトランクに自らを閉じ込め死んでいる姿で発見…それが正しい行動かどうかも考えられないくらいの切迫した滅茶苦茶な世界がここにもありました。母親は、感染した娘を助けたいがために隊員を装わせようと自分が着ていた防護服を着せ、母娘二人で収容所へ向かましたが、収容所の入り口は感染者だらけ。防護服を着ていない母親は感染者に間違われ撃たれてしまうのですが、意識が朦朧としている中でも、その姿を見続けているであろう娘にとっての非常に酷い場面。そこから母親は、娘の防護服のマスクの窓枠部分に、自らの血でハートマークを描き「愛してる」と告げる姿を見せるのですが、その”愛”への違和感が絶大で異様に思えてきたのは驚きでした。私の中では、母親の示した愛は愛じゃなくなっていた事の真実…異常事態前では当たり前だった愛が、もはや非常識へと移行させられ、最終的には”愛”を"異常”として描き切ったのではないかと思えたのも非常に残酷で”よかった”のではないでしょうか。私自身の抱く娘への愛もきっとこの世界では異常になるんだろうなと犇々と身に染みてきました。物語は、防護服を着させられ医者と思われ収容されてゆく娘の主観映像で幕を閉じるわけですが、想像するに、感染した娘は明らかに医者とは思えない容姿だろうし、母親のしでかした数々の仕打ちに加え、この世界での娘の末路は、もはや語るまでもない残酷な事態だろうと、ただただ途方に暮れる始末…最後の最後まで無残に徹する姿勢もまた、見事だったと思います。

 ファイラ・ウイルス…感染した者を、異常な程の暴力過多な略奪行為を引き起こさせ、空腹における食人行為を招く者も現れ、そして最終的には凶暴な化物へ至る。…当ブログには、新たなゾンビウイルス出現として、記録しておきましょう。


 見返してみると、始終防護服に搭載されたカメラによる主観映像が、いわゆるテレビゲーム的感覚へと強引に誘うのですが、冒頭からゲームへ寄せてゆくセリフをちりばめて映画の中での「現実とゲーム(=非現実)」の境界線を曖昧にしてみせ、それでもなお主観映像を取り入れて続けることで、この世界はすでに「現実的感覚が死んでいる」と言った意味合いにも感じ、改めて面白さも増したような気にもなり、好きな作品であることには変わりなかったです。

 結構長々と書き込んでしまいましたが、この極個人的印象が監督の真意であるかどうかは別としても、当ブログ的にはこのような感想を抱けた作品であった事は確かで、相当有意義な作品でした。自らのモラルを知る機会だと割り切って、観てみるのも良いかもしれません。





がばぁ~…

 Twitterのプロフィール画像のスペースがいつの間にか円形になって、正方形ありきで作った前回のものだとしっくりこなくなっていて、どうもソワソワするので、改めて円形に合わせたものを拵えてみた。

 愛娘の目を盗みつつ描いていたのだけれど、ちょっと夢中になっている隙に娘がのぞき込んでいて「ねぇ、これパパ?パパ、ゾンビなの?」と言ってきた。…焦った焦った。急いで隠したものの、案の定見せて見せて攻撃の応酬…やむなくペン画段階のものを見せてしまう。しくじった…ホラー画は娘のいない時に描くに限るべきだった…。「そうだねぇ、パパ、ゾンビになっちゃったらこんな感じかなって…」苦しまぎれにそう言ってはみたものの、あとのまつり。でも、「これパパ?」と言ってくる辺り、それなりに似ているのではないかと(笑)。しかしながら、ホラー禁環境をしっかり守らなければなぁと心に誓うのであった。
 …とは言うものの、先日、奥さんが、娘をスマホで遊ばせている隙に、録画しておいた「エイリアン」をこっそりと見ていたらしいのですが、ちょうどチェストバスターが胸から出現するシーンを見てしまったらしく、「怪獣生まれてよかったね」と言われたらしいです。奥さんには特にホラー禁環境云々は伝えてはいなかったので、やむなし。娘自身は怪獣は基本的には「怖いから好きじゃない」と言っているのですが、赤ちゃんが生まれてくるのはすごく大変だけど喜ばしい事的な話をしていたせいか、怪獣にしても「よかったね」なのでしょうかね。優しい娘に育ってくれているのかなぁなどと、親バカ的発想も心地よかったりもします。

 ついでの余談ですが、そんな愛娘から「夢にオバケが出てきて、戦っても負けてしまうので、どうしたら勝てますか?」的な相談を受けました。まず、オバケに戦いに挑んでいる状態に驚きましたが、どうしても勝ちたいらしい。何やら、夢の中のオバケと戦うって「フレディ」っぽくない?しかも、戦うための心構えをするなんてまるでウェス・クレイヴン節‼。愛娘が知らず知らずのうちに「エルム街の悪夢」的スタンスな事に滅茶苦茶興奮。すごいぞ愛娘、パパは図らずともこの瞬間に出合えたことが無類の幸せだ。オバケがどういった状態で襲ってくるのか聞いても今一つ判らなかったのですが、ハロウィンのカボチャは悪霊を追い払うために怖い顔をしているという説を聞いたことがあったので、娘にその話をしたところ、後日、「カボチャさんがオバケやっつけてくれた」と報告を受ける。カボチャなら我が家に一年中常に300体以上はゴロゴロとおりますので、イメージには事欠かないでしょうね。でかしたぞカボチャ。一年中カボチャが飾ってあるという、日本ではまず我が家だけであろう他の家とはかなりかけ離れている環境ではありますが、事もあろうにカボチャが愛娘にとっての「ヒーロー」となってくれたのは、実はかなり嬉しかったりして…(笑)。


 この機会に、以前投稿した「ゾンビ似顔絵一家に一枚いかが?」的な記事を読んで、依頼してくれた方がいらっしゃいまして、自作ゾンビ画コレクションとして、ここに使わせて頂きます。


N様ご依頼のゾンビ姿。ラインで使いたいとのお話で。


縄文ぞんび様ご依頼のゾンビ姿。サイトのプロフィール画像として。

その節はご利用ありがとうございました。
 一応、どのくらいのダメージぶりか希望を聞いたかと思います。ちなみに、他人の顔をゾンビにするのって、自分がなにやら「ゾンビ化させるウイルス」になったような妙な感覚があって非常に興味深くもあり、当ブログ的にも面白い作業ではあります。興味のある方はメールフォームなどでご相談ください。

で、Twitterのプロフィール画像が四角い枠だったころはこれでした。
当ブログでも使ってはいますが、ぺらんな感じが気に入っています。
 




 




>劇場鑑賞/画像ーチラシより

 以下の感想は「エイリアン:コヴェナント」劇場観賞した際の記憶をたどって、怖がらせようと作ったという監督の言葉から、本作に内包する恐怖はどのくらい考えられるかを推測しつつ、極個人的な解釈を交え記したもので、思い込みや誤解・曲解している部分もあると思いますので、いちホラーファンがほざいた戯言程度とご理解頂き、興味が有りましたら一読してみて下さい。なお、内容に触れていますので映画を観ていない方はご注意願います。以後、ソフト等の監督コメンタリーやらで修正が必要な事柄が解った際は、その都度訂正してゆこうと思っていますが、修正する点等がありましたらご一報くださると有難いです。


「プロメテウス」から10年後、地球以外の惑星に移住する為に選ばれたカップルたちの希望に溢れた計画が一転し、絶望に満ちた惨劇へとすり替わってゆく物語。どさどさと積み重なる不安と恐怖、増した流血沙汰、凶暴な怪物、深まる謎…非常に興味深く、楽しく、そして面白かったです。エンジニアの造り出した怪物2種(人間と生物兵器)、それを冷静に見つめる怪物(人間の造り出した“AI”)の三つ巴の対決…怪物三昧総当たり戦が面白くないワケがない。

 まず混沌。人間を父と呼ぶ人工知能、そして機械を母と呼ぶ人間…言葉を交わす生身と機器の境界線無き世界観。やがては機械が「人間」をも産み出せるのではないかと言う曖昧模糊こそが未来、SF感。冒頭、宇宙空間での大事故での孤立と孤独も緊張感を煽り、厭な物語の始まりだと告げて来る。

 おそらくは多くの方が突っ込んでいるであろう、未知の惑星に防護服無しで探索する愚かさが招いた最悪の事態は、前作に同様のやり取りがあったから端折ったにせよ、知識の無いものが思いたちだけで行動したせいで禍を呼ぶ恐ろしさを感じさせ、軽率な行為から身を滅ぼしている様々な愚かしい報道を思い起こし、まずは「疑え」と叱られている気にもなる。あぁごめんなさい…きっとそれは根本的な人間の怖さです。このエピソードは劇中の「作れたから作った」と言う言葉の無責任さにも通じそうでなにやら感慨深いです。
 物語はそこから異常事態に戸惑う不安と怪物出現の脅威にさらされた混乱の連続構成へと展開。この被せ技には興奮。あからさまな恐ろしい体験を被せて来る演出も監督自身楽しんでいそうで、こちらもワクワクして来ました。そんな中、突然のデヴィッド登場へのシフトからのまさかの連続。エンジニアを大量虐殺するデヴィッドの怖い事怖い事。…エリザベス・ショウが会いに行った筈のエンジニアたちが何故大量虐殺されたのか…持ってる武器を使ってみたかったからですかね?デヴィッドならやりかねないですよね。興味と解明、未知の情報収集からか前作でも命を弄んで(?)いましたから。これこそが心無き「機械の成長方法」と言わんばかりに描き込んで来た印象。アンドロイドによる攻撃性は「エイリアン」の頃から引き継いでる印象がありますね。やはりロボットは怖がるべき対象でしょう。
 パンフレットでは、エンジニアは進化を促す役割を担うような存在と監督が称していました。そんなエンジニアが何故、前作で地球を目指そうとしたのか?人類を滅ぼす為なのか?…では、創っておいて何故滅ぼすのか?…いわゆる完全なる無邪気すなわちAIと言う無垢なる悪となりうる存在を造り出している人間に恐怖を抱いたのでしょうか?…人間の作ったAIに滅ぼされてしまったエンジニアと言う構図はある種怪物的恐怖を抱くには充分過ぎる内容ではありますが果して真意はいかに。
 デヴィッドのエンジニア虐殺を止められなかった時点でエリザベス・ショウは阻止できない状態にあったようですが「プロメテウス」で分断されたデヴィッドとエンジニアの星へ向かう中でのデヴィッドを修理してゆくフッテージがあると言う話ですので、何かしら解った時点で更新してゆくとして、デヴィッドを救ったであろうエリザベス・ショウに対する仕打ちが、人体実験を思わせる数々のスケッチが実際の記録だとすると酷いとしか言いようがないものですね。人間に似せて作られている為、形式上の弔いとして墓を作ったり、前作でもわざわざ宇宙服を着たりと、その人間的な行動からアンドロイドと言う違和感を払拭し信頼を導くのだとすると、それもまた盲目的恐怖を誘い気分の悪いものでした。
 そして、ついに明かされてゆくエイリアン誕生の真相…これが唖然。エイリアン・エッグと言われるあれが忽然と現れた時には感動しましたね。“ここからなのか~”って、シリーズ全てが走馬灯の様に蘇り、そして消えてゆきました。エンジニアの造り出した黒い液体生物兵器を元にデヴィットが遺伝子操作などで改良を加え新しい生物を造り出した結果がエイリアンの誕生と考えられるとは…冒頭に書いた混沌から考えると、エンジニアが創った“人間”よろしく、AIが造り出した“人間”がエイリアンなのかと深読みしてしまい、劇中の「創造するには破壊が必要」と言う文字が、自ら産み出したものに越えられてゆく運命的な宿命を思わせ、文字通りの破壊行為だけではないニュアンスもまた、感慨深いかったです。…となると、エイリアンを産み出したデヴィッドはエイリアンによって滅ぼされるのかとか、創造性を持つAIは果していかなる“破壊者”によって滅ぼされるのか、続篇への期待も高まって来ている所です。
 今回の個人的な大きな注目点はフェイス・ハガーはどういった育成を経ているのか?ですね。フェイス・ハガーの胎芽もあらわれ、前作ではフェイスハガーの様な生物は人間の体内に宿り誕生している事から、フェイスハガーは女性の子宮で形成されるのか?とか、エイリアン・エッグはいわゆるタマゴではなくフェイスハガーが生きながらえる為の繭か蜘蛛の巣的なニュアンと考えた方が打倒なのか?とか、こちらもまた考えが膨らんで来て楽しいです。「エイリアン」にも出て来た、女性の両足の間からエイリアンの尾が忍び寄るシーケンスがまた描かれていましたが、この辺りもフェイスハガーの誕生に関わって来るのではないかと深読みしたくもなります。「エイリアン」で登場しているエンジニアの宇宙船にあった内側から破壊された死体から出て来たのは“どれ”なのか、エイリアン・エッグの大群は果してどのように創られたのか、といった部分へも繋がってゆきそうで興味深いです。

 前作でデヴィッドは、筒状の物体から溢れ抱いている黒い液体に注目し、人間に飲ませてそれがなんなのかを探り出そうとしている様なシーンがあり、結果、人体で未知の生物が育成される状態になる事まで判明していましたが、本作では黒い液体自体が大量殺戮兵器だといった様相になっていました。どうやらどんな物にでも姿を変えられる性質をもった殺戮兵器らしく、エンジニアの惑星でばらまかれた後、肉体を持つものを生かしておかない性質もありそうな描かれ方でした。エンジニアの惑星に肉体を持つ生物がいないという言葉から推察するに、ばらまかれた後にエンジニアの体内から怪物を出現させ、そこで生きていたであろう肉体を持つ生物全てを滅ぼした後、怪物は機能を終え再び液体に戻り植物の様な姿へ戻り蔓延ると解釈する事もできそう。そこへ再び肉体を持つ生物がやって来ては、胞子のようなものをまき散らし、まるで意志を持ったかの様に生物の体内に侵入、再び体内で怪物を育成し肉体を持つ者を滅ぼ続けるといった繰り返し。そうなると、これはこれで厄介なプロセスを持つ怪物の誕生。個人的には地球上の生物では到底聞いた事もない生態は大歓迎なので嬉しい限り(…なので地球上で目にできる女王を主軸に生きている生物を感じさせるクィーンの存在は今だに苦手)。しかしながら、そこから誕生したネオモーフはAIとコミュニケーションを取れる可能生もあり、意志疎通は完全兵器としてあり得ないとデヴィッドは解釈し、完全無欠の絶対的兵器の創造へと着手した…と言うのは考えすぎでしょうかね?。ここで件の「作れたから作った」の如く「材料が目の前に有ったからエイリアン拵えてみました」としたら、創造する事の責任の重要性無視でまた気分の悪い内容ではあります。

 当ブログでは前作「プロメテウス」観賞後の感想として、筒状の物体及びネオモーフが作られた生物兵器といった示唆から、エイリアンも兵器と解釈、2以降の全否定も考えられそうだと推測(詳細は「プロメテウス」観賞後の感想参照)してみましたが、本作でのデヴィッドの遺伝子操作における産物が“エイリアン”と言う事であるならば、まずクィーンありきでは無い意味合いも出て来て、直接的な2以降の否定にも繋がりそうな気配が濃厚な部分も非常に気になって来ました。しかしながら解剖されたネオモーフの中にクィーン的な要素を持ったものがいたとか、黒い液体のなんにでもなれる特性からクィーン的な繁殖能力を備わったものが生まれて来れるとも考えられなくもなく、2以降もフォローしつつ全否定的な印象を醸し出している感覚は鳥肌が立つ程痺れました。デヴィッドがエイリアンを2089年から2104年の間で造り出した可能生があるならばエイリアンが太古の昔に地球に届けられたとされるAVP完全否定の気配なのは皆様も気になっているとは思いますが、こちらはイベント・ムービー感ありありなのでなんでもありでしょうからプレデター側のタイムマシン登場説なんかも出て来れば、それはそれでどうなるかは見物ではあります。個人的にはエイリアン・シリーズはこうだったらこうなりましたといった「もしも」的なニュアンスが濃厚で主人公が同じでも設定やら世界観が微妙に異なった雰囲気も感じていて、連続性が希薄でそれ故か新作が作りにくそうだなとも感じていましたが、監督がプロメテウス制作に至った経緯にエイリアンシリーズが死んでいたからといった発言があった様で、謎を多く残して追加設定できる要素を残しておけば、後付けではありますが、いたる所で面白いものが続けられそうな気配もあり、関連作全てに於いて注目を浴び、それぞれ生き返って来そうで、そう言った楽しみもできました。

 「エイリアン:コヴェナント」に内包する恐怖をあれこれ考えていたら、けっこうな量を感じられましたね。個人的にはもうすっかり本作は傑作の域です。シリーズ中で一番楽しい作品となりそう。リドリー・スコット監督、私の中ではすっかりエイリアンは生き返っていますよ、早いとこ次なる恐怖の提示を…心よりお待ちしております。

















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 前回8月1日に「女の子よ死体と踊れ」の感想を投稿して一段落、部屋の掃除をしていたら「死霊のえじき 完全版」DVDに収録されていたオリジナル脚本のプリントアウトしていた物が出て来た。途中まで読んで、子育てやら引越しやらでしまい込んでしまった状態だったが、このタイミングで出て来たのも何かの合図だと思い、5月に発表された「ロード・オブ・ザ・デッド」の共同脚本執筆のニュース以降、なにかしら進展はあるかとネットで探っていたら、なんとまさかのロメロ御大の訃報が目に飛び込んできた。茫然自失…まだまだお元気で「ロード…」に取り組んでいるものだとばかり思っていたけれど、そうでしたか…今だに言葉にならないです。私の人生を豊かにしてくれた人物がまた一人…残してくれた作品たちについてもまだまだ考えたい事がたくさんあるので、お別れを告げるのは思い残す事無く語り終えた後にしようと思います。

 それでも何かしら心がザワザワしているので、みんなを思い出しながら物思いに更けようと「ナイトラーダーズ」を手に取り鑑賞。続々登場するロメロ作品馴染みの役者さん達と間接的に同窓会でもしている気分に浸る。私と同じような気持ちで本作を観賞した方もいるのではないでしょうか。「ゾンビ」に「…えじき」に「クレージーズ」他「…死霊創世記」まで…人間からゾンビまで多彩な顔ぶれが感傷を誘い思いを巡らせ、ロメロファンならずともゾンビファンにも話のネタにぜひ見て頂きたい逸品です。

 物語は甲冑を着込んでバイクに跨がり戦い続ける一座と、それを支える座長の高潔なまでの生き様を描く、圧倒的なバイクアクションとヒリヒリするような人物描写を描き込んだ傑作で、悪夢に挑み、権力をかざすクズのクソ意地に抗い、金儲けにも屈しない、その姿が目に焼き付いて来ます。この物語はロメロ御大自身の生き様でもあったのでしょうねと、感慨深く心底響いて来るものもありました。

 以下グレー文字部分は内容に触れています。印象に残っているのはやはり、悪夢、権力、金…全てから解放され、まるで自由を得たかのように走り続けていた主人公に訪れた壮絶な死に様でしょうか。やり遂げた中、朦朧として突っ込んだのか、死を覚悟して突っ込んだのか、観た方の印象にもよりますが、個人的にはあの唖然とした死は、あまりにも突然で唐突過ぎる印象を受けていて、解放されたかのように見えている主人公ですが、あの強引な死によって最も得たかったであろう真の自由を奪われてしまったように感じていて、「死」というものの持つ側面を見せられた気がしました。この一瞬で、「死」という「すべての人間に襲い来る最大の恐怖」が現れ襲い来るという、「ゾンビ」に匹敵するであろう怖さを感じさせてくるあたりも、非常に興味深かったです。死に抗いにくい病と言う、いうなれば強引な死でこの世を去ってしまったロメロ御大の状況を連想させるには十分な程の内容になってしまった事も、またひとつ感慨深さの加わった作品になってしまいました。

 1981年作品の本作は本邦劇場公開の日の目を見ずにその10年後以降に2度のテレビ放映があったのみで、私は2013年に発売されたこのスティングレイのDVDを購入し観賞したのが初見でした。噂には聞いていましたが、疾走感や激しいバイクアクションが瞬きを許さず、清々しさと絶頂感の緩急が絶妙で、これ程の仕上がりに唸ったのを憶えています。初めて観た時はこの豪勢な顔ぶれに頬を緩ませたほど非常に楽しく高揚していたのですが、こんな気持ちで観る事になろうとは思っていませんでしたね。現在は権利期間終了で販売終了となっていますが、多くの方に見て欲しい作品です。


 今はお礼だけ言っておきます。たくさんの素敵な作品と、そして“ゾンビ”を世に放ってくれて、有り難う御座居ました。


 
 追記:件の「ロード・オブ・ザ・デッド」は監督が信頼のおける方のよう。完成させてほしいものですね。「ランド…」の後の世界にゾンビが操るカーレースが展開されるとかいう情報で、「サバイバル…」に於けるカーフェリーに積まれた車を動かしてしまうゾンビからの発展形でしょうか?「…えじき」のバブからの武器、凶器操るゾンビ登場の「ランド…」と、またもや人類の文化を凶器に変えるかもじれないゾンビの登場に思いを馳せつつ、完成を夢見ようではありませんか…











◆清掃社で働く5人の女の子が森で出会った少女の死体。冗談半分にその死体少女を蘇らせてしまった5人は、「自分で死にたい」と言う死体少女の希望を叶えるべく、死に方を求め奔走するのだが…


まず私事から話してしまうと、2012年に愛娘が誕生して5年弱…愛娘…言ってしまえば、極個人的ではありますが、世界一のアイドルといったところ。愛娘を育てる事に重きを置き、他の芸能界的アイドル達には目もくれず浮き世を離れ、目の前に存在する個人的アイドルに現を抜かしているここ数年の間に、前代未聞のアイドルが世に放たれていたとは…。ニューウェーヴアイドルグループなるカテゴリーに所属している、その「彼女」に、一挙手一投足を目で追ってしまいそうな、瞬きさえしたくなくなるような、そんな驚愕で圧倒的なアイドル性を感じ取ってしまったのでした。

あえて「彼女」のまま綴ってゆきますが、私が「彼女」に初めて出くわしたのは、ドラマ「怪獣倶楽部」のウエイトレス役で、でした。怪獣倶楽部のメンバーの一人が淡い恋心を抱くような存在として、ほんの僅かなシーンに映り込み、台詞も二言三言程度の「彼女」でした。しかし、それだけなのに唯一無二の存在感を放ち、輝き、目に飛び込んで来たのです。もう愛娘以外の女子には興味沸かないだろうな…と思ってはいましたが、不覚でした。こうも自分の琴線に触れまくる存在がかつてあっただろうかと思えるくらいの衝撃を受け止めてしまったのでした。可愛らしくも牙を持ち、奇天烈でフワフワで辿々しく、脆そうで危うい…そんな「彼女」はするすると私の深層に入り込み内部から弾けるんじゃないかと思うくらいにまで膨張してしまっている…この事は絶対愛娘には黙っておこう(笑)。ホラー禁に加え「彼女」禁でいこう。私は「アイドルはオシッコもウンチもするワケないじゃん世代」の人間であるからして、アイドルには一目置き、穢してはならない穢れなき者として神聖視する傾向も持ち合わせている。思い返せばアイドルとはまさに青春…ともすれば青春時代の真っただ中に舞い戻ったと考えても良いのだろうか…(苦笑)。そうだった…私にとってアイドルとは間違いなく「生きている理由」でもあった。「彼女」は忘れかけていたそんな思いまで呼び起こさせてくれたのでした。

ようやく当ブログ的な書き込みに辿りつきましたが、さもあり、「彼女」について検索して出て来たのが「女のコよ死体と踊れ」でした。なにやらガーリーホラームービーと銘打っている。そんな「彼女」が、死体役で、しかも蘇ってしまう…言うなれば「ゾンビ」ムービーでしょうか。更に調べてゆくと「彼女」の属するグループ「ゆるめるモ!」の6人時代のMV集DVD「ロクビデオ!」には特典映像として「女の子よ死体と踊れ」のスピンオフ作品「劇めるモ!」が6話分収録されているという…と言うわけで、ゾンビ考察的にも有意義であろう「死体の彼女」捕獲に至ったわけなのでした。

さて本作。前述の通りで個人的には女の子達がやいのやいのしている感は非常に楽しい。出会った死体を持ち帰り、なんとノルウェーのブラックメタルバンドにまつわる伝説を使って蘇らせてしまうテキトウ態もなんだかお年頃的女の子感を煽り面白い。しかも蘇った「死体の彼女」の、大真面目で捨て鉢な雰囲気やら、醸し出す独特の浮遊感が不思議な存在感を現し素敵である。まぁ件の「彼女」が、メイン的な展開なので、それだけで申し分ないのは明らかだけれど(笑)。「ゾンビ」ムービーと括ってはみたものの、いわゆる死体然としたもの言わぬ人喰いではなく、ただ死んでいるだけの普通に話せる女の子ですが、テキトウに蘇らせてしまったのが原因か、チェーンソーでぶった切っても元通りになったりする等の奇天烈な設定は、ゾンビ物としては珍種だし、不死身最強発言も頬を緩ませつつ、ゾンビ史に名を刻んでもおかしくないであろう佇まいを見せている。そして物語は行きがかり上〈ガールリベンジ〉までもたぐり寄せ、そして終盤には大技である怪力流血沙汰をぶち込んで来る辺りも「ゾンビ」臭漂い喜ばしい限り。エンディングでステップを繰り出した6人の舞い踊るシーンでは思いもよらず目頭が熱くなってきていて、まさに個人的大好物集大成に感無量の作品となっていたのでした。

その余韻さめやらぬまま、「ロクビデオ!」収録の「劇めるも!」も勢いで目撃。こちらも「女の子よ死体と踊れ」の監督さんが手をかけているスピンオフとの位置付けがおもしろい。内容は清掃社事務所らしき場所での1シーンやら、6人の性格に合わせた感のある展開で文字通り個性的な作品群に仕上がっており、なかなか味わい深かったので、「女の子よ死体と踊れ」捕獲の際には、こちらもあわせて捕まえてほしいところ。おどろおどろしいゾンビをご所望の方にはお勧めしにくいというのが正直なところですが、兎に角、私にとっては「彼女」に巡り会ってしまった大事件からのこの充実ぶりがまた嬉しく、存分に楽しめる事ができ、非常に満足のいく作品たちでした。

これからも「彼女」を陰ながらこっそり人知れず応援してゆきたい所。そして、まずお礼を言いたい。この世に生まれていてくれて有り難うと。私はまだまだ「生きてゆけ」そうです。










そうこうしているうちに、リメイク版「死霊のはらわた」アンレイテッド・エディションが手元に届いてしまった…早く観たいのだけれどWOWOW放送後に即購入したブルーレイの感想を述べてからでないと見てはいけない気になり、とりあえず取り急ぎ感想を述べる事に。

◆以下、内容に触れている箇所あり。

経緯から追うとリメイク版「死霊のはらわた」の放送をまずWOWOWで観賞し、その素晴らしさに感動してしい即ブルーレイを購入。監督のコメンタリーを聞いてみたかったというのが購入の最たる理由だったが、まず劇場版の本編を観賞後からと観てみて圧倒される。放送版を遥かに凌ぐ凄まじい描写…放送されたものは言わば普及版で残酷シーンがほどよくカットされていた物だった事が判明。ナタリーが腕を切り落とすシーンやチェーンソー真っ二つのシーンがこれでもかというくらいしつこく描写されていて、痺れまくり興奮しまくり(笑)。凄い凄い。まず観たものが放送版だったから個人的に流れは正解であった。劇場公開版を観ての放送版だったらこの感動は無かったものだろう。はっきりと言ってしまえば、先の感想で残酷シーンがカットされていた放送版を傑作と讃えてしまったからには、これはもう超傑作でとしか言いようがない(笑)しかも後に聞いたコメンタリーでは先に述べた疑問や心のうちに回答を得られてしまったような、答合わせ的な内容にただただひたすら感服し驚嘆してしまっただけに、作品が生まれた事に、監督に、ひたすらありがとうございますと頭を下げ感謝を捧げたい気分になった。

まずは、超お気に入り萌えゾンビキャラ、ナタリー演じたエリザベス・ブラックモアを注目されるべき女優と言ったような言葉で讃えてくれた事が嬉しい。そうです、ナタリーが自らの腕をカットするシーンが存分に描かれていた劇場公開版の素晴らしさったらない。あの個人的にお気に入りの面だちに飛び散らかされる血飛沫の美しさ…やばいやばいやばい。あれ?なんかちょっと変人的なコメントになっていそうだけれど(笑)、とても愛娘には聞かせられないなぁ、こんな父親の発言(汗)…嫁は知ってるけれど(笑)。墓場まで持って行こうかね、本性は。そこの所アンレイテッド・エディションではどうなっているんだろうか・ワクワクドキドキ。そうですよ、他の女子達の壊されて行くシーンも凄まじかったりするんだろうか・ハラハラヤキモキ。

そしてCG処理かと思っていた、ビニール被って息でビニールが曇らないシーンは、カラクリを聞けば、あら単純。ビニールの中に空気を送り続けていただけと言う仕掛け。それでも相当好きなシーンには変わりないので、観られて良かったなぁと、心振るわせて拝見していますよ、毎回(笑)。コメンタリーでは監督のCGを使わないリアリティーの追求もひしひしと伝わって来て、このCGてんこ盛りのご時世から、一線を画する意気込みがまた、作品のリアルさを恐ろしさへと導いた辺りも見事な徹底ぶりだったのではないかと恐れ入りました。


さて、取り急ぎこんな所で、そろそろアンレイテッド・エディションに挑んでみましょうかね。残酷女子力シーン増し増しはもとより、分数にすれは五分程度の事らしいですが内容に深みが加えられているのかも注目したい所。そして特典映像の新規収録にはなんと!!、お気に入りの「ミアの生き埋めシーン」!!(笑)。あまり期待してもいけない気もしますが、個人的には様々な要因から(笑)生涯に於いてトップクラスに入る映画だけに、根本的に君たちが大好きだから、どんな姿であろうとも贔屓目も入ってやむなし!!

いざ刮目して参る!!








Amazon「ゾンビ論 」(映画秘宝セレクション)

個人的なことから言うと、現在4歳を迎えた愛娘と過ごす時間を優先的に取り、ホラー映画禁止と言う環境に於いてホラーを好きになるのかと言う実験を踏まえて日々を過ごしている故に、ゾンビ映画を観ている所を知られるなんてもってのほかで、愛娘が寝入った頃合いを見計らってのホラー時間を一縷の楽しみにしている状態がほぼ4年も続いていれば、これまで観てきたゾンビ映画の記憶の維持も困難になって来ていてうろ覚えも数知れず。愛娘が手を離れた時に、いざゾンビ熱再発となっても以前ほどの高熱にうなされた日々を過ごせないのは退屈この上ない。どうすれば皮膚下でゾンビ熱を維持できるか手をこまねいていたタイミングでの本書との出会い。私の中にゾンビ熱病原体が滞在し、活きているのかを確認する意味も込め、手に取り、目から侵入させ、体を巡らせ、脳へと送り込む。


流石といった印象。
まるで1本の良質なゾンビ映画を見終えたような読後感に襲われる。愛娘と過ごしゾンビ映画から遠ざかった環境のせいからかもしれないが、しっかりと、ゾンビの禍々しさに触れ、恐怖を抱くことができ、死と生者の恐ろしさを考えさせられ、そして、絶望が手招きしているのを感じ取る事ができていた。適切な配役、論点、構成、まとめ上げた編集手腕…私のゾンビ熱病原体は息づき、再発を待っているのを感じられた。


伊東美和氏、山崎圭司氏、中原昌也氏…しっかりとした個性と心眼を持った3名が名を連ね、映画秘宝の衣を纏った本書は、実に面白かった。まず第1章…ゾンビ、ゾンビ2(サンゲリア)、そしてゾンビ3と、堂々とゾンビを冠する素晴らしい3作を挙げてくるあたりから痺れてくる。動けるはずもない程のダメージを負っているのに動いている死体に、並々ならぬ恐怖を抱いている私にとって、サンゲリア、ゾンビ3の台頭は感動すら覚える。それは正に恐れるべき「死」の具現化を垣間見るお気に入りの2本。私のゾンビから得たい衝撃はそこなので、冒頭から高揚する仕様となっていた。更に、ゾンビ発祥から紐解き、人食いに至った原因に達する第2章は、まるで病原体が体内に侵入し、病状を出現させた過程を思わせ、第3章に於いては、蓄えていったストレスを一気にぶちまける様相で内包する恐怖と禁忌を飛び散らかせてくる。はっきりとは思い出せないが、私は幼少期に某遊園地で行われたバロムワンショーの、舞台に設置された棺桶に観客が入り怪人化される演出を見て逃げ出した過去がある。思い起こせばもしかすると人間の体の一部を模した怪人が現れたのかもしれない。こいつらは本当に人間を怪人に変える組織なんじゃないかと思い込み、観客が捕まって棺桶に入れられる演出が終わるまで逃げた先の木の陰から覗き見ていた記憶がある。今思えばこれが私の初めての、人間が人間を模した得体の知れない化物に変えられてしまう恐怖の体験だったのかもしれない。ふと、そんな事まで思い出させてくれた。

そして終章は、現代人の「死を装う姿に見る内なる憧れと弄ぶ姿」と「集団の同じ振る舞いによる無個性化」、更には「無尽蔵に湧き続ける乏しさが物笑いの種をまき散らし、恐れるべきものを希薄にしている現状」を感じさせ、手に負えない混沌への不穏を醸し出してくる辺り、ゾンビ映画に求めてしまう風刺めいていて締めくくるにはふさわしい内容ではないかと感じていた。

斯く言う私も、ゾンビの絵を描いたり、物語を巡らせたりで、ゾンビを弄んでいる一員ではあるので、なにやら叱られた気分(笑)もあり、そこは受け止めておきたい。しかしながらゾンビと語られる全てに於いて「死の具現化」と「狂気の沙汰」を感じている私にとっては、どんな形であれその全てに恐ろしさを抱けている事も付け加えておきたいところ。ゾンビは怖い。人間も怖い。そんな思いを再認識させてくれた本書は、本棚ではなく、お気に入りのゾンビ映画の棚に合わせて寄せておこうと思う。


余談ですが、映像でなく文字で読めば愛娘にホラーと気づかれないと言う事態に気付く。小説はほぼ読み手の想像力に担われる世界観で補完されてしまうので、はっきりとした作家性を感じたい私は映像物に偏ってしまいがちで、なかなか手を出さない媒体ではあったのですが、なるほど活字の良さは脳内を覗かれる心配がない事もあったのか…盲点(笑)。













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