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“ゾンビと楽しく過ごそう!!” を標語に日々ゾンビとの接し方を摸索しているブログです。「ゾンビ保護区」を目指し出会ったゾンビ達の観察記録や創作ZOMBIEまんが&すけっち他、好きなホラー映画やお気に入り断絶映画の事等気まぐれに更新しています。
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なんとなくつぶやいています。



手持ち無沙汰に一コマゾンビつぶやき
「TWITTER OF THE LIVING DEAD」
などと気がむいたらやってたり(苦笑)
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めざせ!! ゾンビ小説家!!

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☆ゾンビ新時代到来の息吹を最後に…
ロメロ監督の思惑は果して…?!



当ブログ的ロメロゾンビ考察一覧

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他界されてしまいました…
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当ブログの感想はコチラに。

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doragodonさんのブログはコチラから。
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「生ける屍対赤児/目次」
「産まれて間もない赤児」と
「死して間もないゾンビ」との比較検証。
最新コメント。
☆コメントは承認後公開となります。
「プラナリア・プログラム」
☆続篇思案中にて。
切っても切っても分裂・再生を繰り返し
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描こうとショート漫画と連作イラストの
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血が多いので表立っては反転で投稿。
15歳以下は画像クリック不可です。



第1話(2P漫画)はコチラに。
イラスト展開はコチラからご覧下さい。
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↓第2話はR-15なので
15歳未満の方はご遠慮下さい。

→第1話はコチラから
15歳以上の方は第2話をドウゾ
第3話第4話(番外編)

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「カワナシノカオくん」
いつの日かぞんび君と対面します。
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プロフィール。
HN:
死霊の南瓜金助
性別:
男性
職業:
自称ゾンビ画家
自己紹介:
ホラ〜映画は好きでゾンビにも興味はあったのですがリメイク「ドーン・オブ・ザ・デッド」(2004)を見てからというものモノスゴク好きになってしまいました。好きと言うだけでマニアックという程の知識はありませんけれど。そんな訳でゾンビ熱発症からは日が浅いのですが、以来、ゾンビ漫画家になるのが夢です。「南瓜金助」と言うペンネームでちょっとした漫画を描かせて頂いたりもしていました。
私的暫定ゾンビランキング(〜2014)

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ゾンビブログ紹介。
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管理人DM様/「ポップでライト」なゾンビ
ファンサイトを目指し備忘録的にゾンビ
ワールドを紹介。ゾンビ愛好家ではなく
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仲間を募集中との事。因に↑設置バナー
は私(カボチャスキ)が納品致しました。
最古記事。
ゾンビと歩こう…


ゾンビ、ぞんび、ZOMBIE…
ゾンビの事だけ考えて暮らして
みたいなぁ(笑)。…でも年に
一度のカボチャイベントは
外せないけれど(苦笑)

こんにちは。死霊の南瓜金助です。首筋の腫瘍摘出手術後の顔面片麻痺を伴った自分の顔に浮かび上がった「老後と死後」…生きながらに示された「死後」と思しき顔に「ゾンビ」を垣間見、抗いと活路を見出し展開する「自虐的一人ゾンビサバイバルバトル」第三回目。これはあくまでも自虐ネタですので、同様の症状に悩んでいる方々を指したものではないと言う事をご理解の上、お付き合いください(3)。


老人と筋弛緩後の随に(3)

 約1週間ほどの入院期間が終わり、ようやくのわが家。想定内の入院期間であったが、ほとんどの時間を自宅復帰と麻痺回復に向けた自主訓練に費やしたため、持参した「醗酵人間」や「キッド・ザ・ラビッド/ナイト・オブ・ザ・ホッピング・デッド」はさわり程度読み持ち帰ることになった。

 私の中の「老人とゾンビ」はと言うと、「老人」の方は日に日に皺がほぐれ、元の面影を取り戻しつつあり、術後の皺皺の顔に比べれは皺も伸びた分若返ったと言えそう。「ゾンビ」の方は、口元とコメカミを引きつらせるところまでは蘇っていたが、やはり下の瞼から上唇までの動きは殆どない。両目を同時につむれば麻痺側の瞼も動かせるのだけれど、左目を開けたまま、右目を閉じる事が出来ない。油断すると右目が乾きすぎて上瞼も下せなくなり、眼球に瞼が張り付いて、瞼を内側に巻き込みながら瞬きをする羽目になり、非常につらい状態に陥るため、常に注意が必要だった。要するに完全な瞬きをするにはまだまだ程遠い状況と言った所…そんなわけで、就寝時からのアイパッチシールは欠かせない。すなわち、うつろな目をした筋弛緩後の「ゾンビ」はいまだ歩き回っていると言うわけだ。
 他の不自由な点はと言うと、洗髪時にシャンプーが目に入ってしまう、シャワーの水圧で下まぶたが下げられ眼球に水の直撃を受ける、濡れ髪を拭く際バスタオルで上瞼が持ち上げられ布地が眼球をなでる、うがいの時に水を口に含めず溢れ出る、パンを食べるとき唇を巻き込んだことに気づかず噛んでしまう等々…こうしたちょっとした拍子に出る不具合にやきもきされながら日々過ごしてはいる。

 担当医には、麻痺が戻らない可能性もあるけれど早くて三ヶ月くらいで回復する事もあると説明を受けているので、それなりの覚悟をもって抗い続けているので、気落ちもしていない。今回の手術で出現する麻痺に対して、納得と覚悟はできているので、回復しなければしないで受け入れてゆくつもりだった。

 麻痺部分を、温める、押し動かす、揉み解す。来週からの職場復帰が控えているため、ま行ら行ぱ行に多少難ありの発声状態に、それをひたすら唱える口腔運動と発声練習も加え、極力笑顔を拵えながら過ごし、「ゾンビ」に抵抗し続けている。…笑顔が「ゾンビ」に対する撃退方法というのが、実は斬新で気に入っている。私の場合、笑顔つくりは娘を見ていれば自然と沸き起こるので、娘と接していれば相当のリハビリにはなり楽と言えば楽。
 そんな中、施術部分に時折それなりの痛みが走るようになる。今まで麻痺していて痛みを感じていなかったのであれば、この感覚は吉報ととっても良いものだろうか。耳たぶの感触はいまだ全くないが施術部周辺に触れるとビリビリとした感覚も感じ始めていた。今回の切開部は縫合せずに「ボンド」で留めたそうで、なんと抜糸いらず。ボンド部分は日々の入浴などでボロボロと剥がれおち、傷部分が露わになってきていた。退院時、ボンドが剥がれてくると思いますがそのまま剥がれてしまっても大丈夫ですのでと看護師に言われていたものの、傷口が開かないか心配なので大きめの絆創膏のようなものをはり対応する。手術日から手つかずで伸び放題の顎髭のせいで若干貼りにくい。その髭を見て娘は「犬みたーい、触りたい触りたい」と隙あらば顎を擦ってくるのが面白い。こんなに伸ばすことはこれから先なかなかないだろうからと思い放っておく。そういえば先日、アイパッチシールを貼っていたら「パパ、それ面白ーい、貼りたいー」と来た。面白いと言っていいのはパパにだけだからと注意したものの、初めて見るものには興味津々のまだ幼稚園児。その屈託のなさが私に最も適したリハビリ環境を呈してくれているのだから、感謝するしかないだろう。

 内服薬がなくなったころ診察しましょうと言う事で、担当医の元へ。まず摘出された腫瘍の病理診断結果の報告があり、悪性像はないとの事で、胸をなでおろす。とは言え、春先に発見してから摘出に至る期間でほぼ1センチほど大きくなっていたので、放っておいて増々巨大化していたであろう状態を想像すると、切除してよかったのではないかなと、改めて思う。そして私の麻痺側の反応を見て、神経は生きていると言う判断に至り、蘇りにも大いに期待が持てた。傷口は、盛り上がりを少なくする効果もあるのでまだテーピングは必要らしく、処置をしてもらった。
 今日までほぼ楽観的性格で暮らしていた私も今回のこの報告で、自分の体の中で、人知れず細胞が勝手に本来の機能を失い別のものへと変化し肥大することの「恐ろしさ」を初めて実感する。ゾンビに噛まれ、自らがゾンビと化すプロセスと変わりないじゃないか。がん細胞をゾンビになぞらえる話など聞いたことがあったが、自分が体験することで感覚的にで実感できた。想像にたやすいがあえて記せば、良性悪性に関わらず、切除される程の害あるいは無意味化が「死」を連想させれば、これはもう細胞レベルゾンビだ。人体の中で置き換えれば、ゾンビは架空のモンスターではなく、体内で様々なゾンビパンデミックを引き起こし、猛威を振るってきていた実在のモンスターと言える。そのゾンビに挑み続けている医学に、今なお戦い続けている人々に、抗うすさまじさを素晴らしく思う。私自身に課した抗いなど、大したレベルじゃない。抗いぬける。そう意気込む。 



 痛みの緩和や滋養に内服薬は続けるとの事で、処方箋を受け取ると、退院時に出現した、「外出時歩行困難ゾンビ」出現阻止のため、サングラスを作りに眼鏡屋へ向かった。

 まぁとにかく、瞼が閉じられない状態の太陽光の容赦なさはつらい。自動的に調節してくれていた瞼に、こんなに感謝したことは生まれてこの方初めてだろう。サングラスなんておしゃれなアイテムは一生かけることはないんだろうなと思っていたが、自分の身になって初めて、サングラスは、眩しさや他人の目や現実など、何かしらから逃れるためにかけている場合もあるんだろうなと、真っ先に思えるようになっていた。

 空腹を覚え、イートインスペースのあるパン屋で食事。サンドウィッチを食べるが、やはり唇を巻き込み何度か噛んでしまう。普通に頬張って人肉をむさぼるゾンビ達が羨ましくなってきた。お前たち、本当は唇の感覚がなくって唇ごと喰っちゃうんじゃねぇの?と考えれば、筋弛緩後からのゾンビの姿がひとつ想像できる。唇を無自覚のまま自らかみ切って無くなっている可能性…自分で噛んで食べてしまうところが非常にゾンビ的なのではないかな。これはなかなかに恐ろし気なゾンビ像になるかも…今度、1Pゾンビ漫画にでも描こう(笑)。



 家に戻り、鏡に映った自分をみる。劇的な変化はない。そういえば…と、大笑いする時に麻痺側が動かないギャップがはっきりと表れてしまうことに自分で驚いた事を思い出す。動作が大きければ大きい程動かない方との差が大きい。ギャップを感じさせない大笑い方法でも研究しようか。

 術後まだ2週間…これからは持久戦となる。(つづく)






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さて、死霊の南瓜金助です。首筋にできた腫瘍摘出手術後の顔面片麻痺を伴った自分の顔に浮かび上がった「老後と死後」の顔…言うなれば、生きながらに示す死後から「ゾンビ」まで垣間見える顔に、抗いと活路を見出し、若返りと蘇りをかけた「ひとりゾンビサバイバルバトル」に挑んでしまったおかしな話のつづきです。これはあくまでも私個人に向けた自虐ネタですので、同様の症状に苦しんでいる方々に対して指したものではないと言う事ををご理解の上、お付き合いください。


老人と筋弛緩後の随に(2)

 術後一日目。午前中に看護師付き添いの下、歩行状況を確認。点滴棒とバルーンパックを携えての異動ではあったが、特に問題なく歩けているという判断で、尿道に差し込まれていたバルーンチューブも抜いてもらう。トイレに自由に行けるようになると、かなり穏やかな気持ちで過ごせる。目の渇きを気にした看護師から病院の売店にアイパッチが売っているので、購入して予防してみてはと勧められ、買いに行こうと決める。しかし入浴はまだNG、とりあえず清拭だけでもと思い、持参した洗面器にお湯を張り病室に持ってきて、浸したタオルを絞って、顔を拭き始めた。麻痺側はどうかと思っていたが、温度は感じた。しかも、血行が良くなった雰囲気もあり気持ちもいい。しばらく温かなタオルで顔に刺激を与える。これは自己流顔面稼働訓練に取り入れてもよさそうだと記憶に留める。その後の担当医の回診で、点滴は今日中には終わり、術側の首元から延び出たチューブから流れ出ている血や浸出液もそう多くないようなので、明後日には外せそうだと聞かされ、ゆっくりだけれど確実に快方に向かっている手ごたえを感じていた。
 
「おじいちゃんと、若者がいる…」

 午後になって娘を連れて面会に来た妻の私の顔を見ての発言。…やはり、「老人」は確実にいたんだなと。術側は皺が伸び切った分、若返ったと言うのが妻の印象らしい。しかも麻痺側は血行が悪いせいか、わずかに緑がかって見えたとの事。緑色の肌と言えばますますゾンビ色がつよまり興味深い。昨日、不安そうに私の顔を覗き込んでいた娘は状況を理解してか、今までと変わらない私への接し方で、怖がったりはしないだろうかという心配は全く必要なかった。
 夕食の配膳が始まると、娘もお腹がすいてしまったようで、家族もご飯を食べに家に帰っていった。咀嚼に必要な顎には全く問題なく、噛むには噛めたが、それを覆う唇が全く動かず閉じることができないため、食べ物が噴き出ることがあり、食事をとるにはそれをカバーするようなコツが必要だった。死に顔で食らいつくゾンビどもの唇からは漏れ噴き出す血や人肉など見受けられず、食らいついた人肉を頬張れる程の筋肉の張りは残っているんだろうな、などと妙な考えも浮かび、筋弛緩後の顔から推測する頬張れないゾンビがいてもおかしくはなさそうだなと、自分の顔の中に出現した「ゾンビ」に現実味を感じていた。



 その日の晩は、19時から22時ころまで普段全く観ないお笑い系バラエティ番組を選んで視聴し、無理やりにでも笑って、麻痺側に眠っているであろう神経と筋肉を呼び起こしてみるのはどうかと試み、麻痺に抗った。
 就寝前に見た手鏡の中にいた「老後と死後」は、まだ何食わぬ顔で蔓延っていたが、術側のこめかみに微細に震える感覚を感じた。…いける。今日一日かけての強制的可動練習の何が功を奏したのかはわからないけれど、気のせいじゃなければ、信号を受け取れないだけで神経細胞はそこに確実にある。一度死んだ神経は再生されないと言うのは一昔前の説だとも聞く。なければ神経を作り出してしまえくらいの楽観的気質も抗う体制でいる。病院の売店で購入したアイパッチを麻痺側の瞼に貼り物的にも抗いの姿勢でベッドに横たわった。

 …大丈夫、この「ゾンビ」は頭を打ちぬかずに、倒せる。


 日を追い、点滴の為に挿入されていた針が抜かれ、首筋から延びていた血抜きチューブもほとんど出血はないと外され、懸念されていた麻痺にも改善の兆候ありと判断されれば、いよいよ退院。戦いの舞台は、常に面白くて楽しい頬緩みっぱなしにさせられるの娘のいる陣地へと変わる。「ゾンビ」に抗えるであろう「特効薬」が手に入る状態に負ける気がしない。


 退院当日。家族の迎えの中、病院から出た私に並々ならぬ猛威を振るってきたのはまさかの輝ける太陽だった。瞼の閉じない片方の目に貫くように飛び込んてくる目映い光に、めまいに似た感覚を引き起こす。たまらずアイパッチシールを貼るが、その為に平衡感覚も距離感もつかめないままの歩行状態に陥り、右側は全く見えず足取りも悪くなる。…前途多難か。図らずもそれはまさしく、太陽の下でよたよたと歩く「ゾンビ」の出現を思い起こさせ、これからの内なる「ゾンビ」との抗いは顔面のみならず、ゾンビウィルスに侵されたように体全体にまで及んでくるのかと気にかかってきていた。

「パパの手、握ってあげて~」

 妻からのその言葉が耳に入った直後、「ゾンビ」に襲われていた私の体を導き現実へ引き戻したのは、瞼の塞がれた側ににちょこんとついて歩いていた娘の小さな手の温盛だった。「老人とゾンビ」に抗える「特効薬」が、私を「死後」から蘇らせる「核心」へと変わった瞬間だった。

 麻痺が残り、瞼が閉じない状態が続くようなら…外出時歩行困難ゾンビ出現対策として、サングラスも備えておこうと決め、家路についた。(つづく)










 皆様こんにちは。死霊の南瓜金助です。実は数日前まで、首筋にできた腫瘍摘出手術を受け入院しておりました。

 腫瘍と神経を切り離しながらの施術になるため、術後に手術側の顔面に麻痺が現れ、場合によっては回復しない可能性もあるけれど3か月くらいで改善する場合もあるとの説明を受け、個人的には今回の摘出手術に於ける麻痺には抵抗はなく受け入れての手術でしたが、見事にと言いますか、やはり顔面片麻痺の出現は免れず。目下、回復に向け日夜リハビリに奮闘中。

 説明はされていたし、おおよその想像もしてはいたものの、術後初めて見た鏡の中には、本来の自分とは思えない程の「二つの顔」が存在していて驚きを隠せなく、その時の衝撃をなんとしても伝えたくなり、また、完全回復に至るか否かを書き記してみたくもなり、その顛末をここに書き留めてゆこうと思った次第です。書き進むにつれ、多分に誤解を受けそうな表記も出てきそうですので、私と同じ顔面麻痺に今も不安と恐怖を抱え悩んでいる方もいらっしゃるという事を念頭に置き、その方々に向けた言葉ではなく、あくまでも顔面片麻痺を伴った『私個人に於ける私個人に向けた自虐ネタ」と言う事をご理解の上、お付き合いいただければ幸いです。


老人と筋弛緩後の随に(1)

 首筋にピンポン玉大のしこりがあるのに気づきかかりつけ医に受診したのは今年の春先の事。その後、大きな病院で診てもらって下さいと紹介状を持たされ、そこで再び、しこりの診察を受ける。詳しく検査してどんなものか調べましょうと、後日、エコーやらMRIやら細胞診やら受けた結果、多型腺腫と言われ、画像診断からみると深い所にあり、難しい手術ではあるけれど、次第に大きくなるもので、稀に悪性になる可能性もあるものなのでと、摘出手術を勧められる。神経も絡んでくるため全身麻酔での施術となり、術後に顔面片麻痺が残るなど、それぞれに伴うリスクの説明を受け納得した上で摘出をお願いする。現行の仕事からすぐには休みが取れない事もあり、約半年後に手術日を設定し、娘には顔の麻痺が残る可能性もあると説明し理解できた様子で、その日を待つ事になった。

 手術前日に入院。21時以降は指定された飲み物以外は口にできず。明日に備えての入浴も済ませ、退屈しのぎに持参した「ゾンビでわかる神経科学」やTASCHENの「エゴン・シーレ」に目を通しながら時間が過ぎるのを待った。時折、看護師や手術に関わる医師がバイタルチェックや当日の説明をしにベッドを訪れる。21時半に消灯の声がかかり、室内が暗くなる。23時くらいまではベッド上の明かりをつけ、テレビをイヤホンで聞いていてもいいですと言ってもらえたが、ほどなく睡魔に襲われ、眠ってしまった様子。明日の摘出手術に対して特に緊張もなく、わりと楽観的な性格も手伝ってか、なるようにしかならないという心構えをし、娘のいない環境がこんなにも退屈でつまらないものだったのかと、そんなことも考えつつ、時間が過ぎるのを待った。

 手術当日、午後からの施術。時間が近づいてきても前日同様、特に緊張もない。声がかかり手術室へ向かう。気がかりと言えば全身麻酔時の自力で制御できない呼吸や排泄の事なのだけれど、それも術中の致し方ない事と気を持ち直し、立ち合いの家族を背に手術室へと入る。手術台へ寝転がると次々と怒涛のように現れる医師や看護師に話しかけられ、そして麻酔医が左手首に針を刺した後、急に眼が覚めた記憶になる。私の名を呼び続ける看護師たちの声に目まぐるしく変わる天井…手術室、廊下、エレベーター内、病室。担当医は摘出した腫瘍の入った透明ケースを目の前にかざし見せてくれた。春先に検査した時よりやはり大きなっていたとの事。赤っぽい球状の目玉大の腫瘍が目に飛び込んできた。看護師が点滴のセッッティングやら術後のケアの準備をしている中、病室へ戻った事を知らされた家族が私を囲み、娘の手を握らせてほしいと思い手を伸ばすと、娘が私の顔を覗き込んで心配そうに見つめながら手を握ってくる。そこでようやく、手術は麻痺の課題が残るものの事故もなく終えたんだと理解できた。
 4時間かかったそうだ。故に4時間分の記憶がない。明日の朝まで絶対安静と指示。術側の目はすでに麻痺で閉じられなくなっていて、テープで固定し塞いでもらった。担当医が顔の動作確認のため出した指示からすぼめた唇も、恐らくはひょっとこ面のような口元になっているはずで動かないことは容易に判断できた。触診ではわずかにほほに感触はあるもののまったく動かないと言った方が本音。麻痺は容赦なく出現していた。
 家族は無事を知り家路につき、ベッドの上たった一人。術側の顔面を自身で触ると、ほほから延びる血や浸出液を抜くためのチューブがあり、その辺りはほとんど感覚がなく見事に動かない。点滴のおかげか麻痺のせいか施術部に痛みは全くなかった。ふと気づけば、わかってはいたものの、尿道には尿を流れ出す為のバルーンチューブが挿入されていて、ちょろちょろと流れている尿と止まないわずかな痛みと違和感の連続に翻弄される。口元には酸素吸入のマスクがのせられいる状態…とにかく、この一晩、耐えれば様々な不具合も少しづつ減っていくだろうという望みだけを頼りに夜をやり過ごした。寝返りしてもよいとの看護師の言葉に、リハビリ期は術後からすでに始まっていると、聞いた覚えがあったので、出来ることは無理しない範囲でやっておこうと、両手両足は可能な限り動かし、動かない顔面も動きを思い出すような動作を交え、刺激を与え続けた。酸素マスクは深夜のうちに外され、途中うとうとはしたようだけれど完全な入眠とはいかず、窓の外が明るくなって来ていた。

 術後から夜明けまでの15時間…最初の麻痺への抗い。

 病室の明かりがつき、瞼が開かないようにと貼っていたテープを剥がす。片方ずつは閉じられなかったが、両方の目を同時につむると術側の瞼も若干の明るさは感じるが何となく閉じられる事に気づく。起床時薬をもった看護師がバイタルを測りに来ると、午前中にはバルーンも外せ、トイレは自由に行けるとの説明を受け、安堵するも入浴はNG。朝食が届き食事を済ませ食後薬も飲み込むと、一段落を感じたのか、持参した手鏡に手を伸ばす。
 
 術後の麻痺顔との初対面である。

 …何の気なしに覗いた鏡に映し出された顔は、楽観的な私自身の性格を軽々しく飛超える程の動揺を呼び起こしてくる。

 …いまだかつて見たことのない、知らない自分の「二つの顔」がそこには存在していた。
麻痺側は皮膚が伸び切った感のあるつるっとした肌で若干垂れさがっていて、閉じない瞼によってうつろな目をした印象の筋弛緩顔。もう片方は筋肉の引っ張る力が片側に集中したために文字を通りしわ寄せた感の強い老人顔。…人の死後、神経支配が消失すると筋弛緩が起こると言われているならば、この麻痺側の顔は死後に起こりうる状態を示した顔ではないかと思うと、動揺も激しくなる。「死後と老後」の混在…これからの自分の顔になる可能性のある顔…その中に、「生きながら示す死後」という状態から「ゾンビ」の存在を垣間見る。そして、言うなれば、これからは若返りと蘇りをかけた抗いでもある事に、顔面復活へ挑まざるを得ない意気込みが沸き上がるのを感じてしまっていた。
 


 自分の顔に愛着もない私ですら動揺したこの麻痺顔ではあったけれど、私よりももっと重篤な症状で悩んでいる方々は多いと想像にたやすく、ここで狼狽えるのも思い違いな感もあり、私なりの挑む意義と活路を見出せた鏡を閉じると、黙々と手で顔に刺激を与え続け、抗いを始めていた…。(つづく)









 皆様こんにちは。死霊の南瓜金助です。
新作の1ページゾンビ漫画を拵えてみましたので投稿します。

 この形態だと7作目ですかね。なかなかゾンビ漫画家と言えるような数には及びませんが、娘も手を離れてきているのか、この所2か月に一度は簡単ではありますがイラストや漫画など拵えられる事が出来ているので、制作に当てる時間の調節も出来始めているのではないでしょうかね。

 さて、日ごろから赤子ゾンビをどうやったら恐ろし気な存在に昇華できるか、いろいろと考えていたところ、食らいつき、一気に内臓を吸い上げるのはどうかなと思い立ち、漫画にしてみました。
 赤子ゾンビと言うと、すぐに思い浮かぶのは「ドーン・オブ・ザ・デッド」でしょうか。なんだか見ないふりしてスルーしたらやり過ごせそうな雰囲気に物悲しさを感じ、その頃からどうしたら恐怖心を抱かせられるか考え続けていました。先日観た「ディストピア パンドラの少女」という作品では、セリフのみですが「赤子に内臓を食べられていた」と言ったような表現があって、同じ内臓括りに似たニュアンスを感じ、驚いたところです。あちらは自ら産まれ出でるショッキングなイメージが強いですね。
 実際の話、乳飲み子でも噛まれるとそれなりに痛いと言う事なので、ゾンビベビーなら、喰いちぎるのは造作もない事なのかもしれません。でも歯茎が裂けて顎の骨なんかが剥き出し状態かもしれませんが…それはそれで恐ろしいかも。


 ついでに過去作の1ページ漫画も併せて投稿してみますのでご覧ください。
不定期刊ゾンビ布教フリーペーパー「Cafe of the dead」や長田ノオト先生編集の無料ネット配信マガジン「月刊頽廃トラウム」ふろく本「トラウマッ」で掲載して頂きました。

  

   

 

さて、次はどんなゾンビ漫画になるやら…またお会いいたしましょう♪









「パパ、きのう、こわいゆめみた。」

「どんな夢だった?」

「ぞんびとおばけとゆうれいがでてきて、こわかった。」


…どうやら娘の夢にゾンビやらが出てきて娘に怖い思いをさせているらしい。


 
こんにちは。死霊の南瓜金助です。
私事ながら一応ゾンビネタにて約三か月ぶりの更新。

 ゾンビと聞いたら黙っていられない。いったいどんなゾンビが娘を怖がらせるのか、どうしても知りたくなってくる(笑)。何度かそのゾンビの詳細を聞き出そうと試みたのだけれど「思い出すのが怖いから」と暫く断られ続け、ようやくその姿を描くことに成功する。

 まず私がシャーペンを持ち、ゾンビの顔の輪郭や髪形、目や鼻の形を聞き出しつつ、輪郭を描き始めたら、娘がすぐさま私からシャーペンを奪い取り、スラスラと描き始める。「顔は四角、目も四角、口はぐにゃぐにゃしていて、ベロが出てる…」…お絵描き好きの娘にとって、他人が描いているのをただ見ていられなかったようで(笑)、描きながらいろいろ解説してくれた。

 それをもとに、完成させたのが下に取り上げた絵である。娘の描いた原画も投稿したいところだけれど、基本的にここの活動は娘には極秘という事もあるのでやめておく。色も娘の指示により着色。背景も「黒」にしてと言う指示があり、真っ黒だと味気ない気もするので、グラデをかけることを了承の上、制作。怪物たちはどうやら真っ暗闇の中に潜んでいるらしい。しかしなんとも不思議な雰囲気の怪物たちだ。娘は夢の中でこやつらと「戦っている」となるとそれはそれでたくましい。

 この怪物たち、幼稚園児の言う事だしある程度の想像も混ざっている可能性もありそうではあるが、娘の描きあげる様子を見ているに、描きながら考えてている感じもなく、実にスラスラと描いているので、それなりの信憑性はありそう。絵の中の「おばけとおばけのともだち」の顔の中心にある横線は鼻という事。「鼻は棒」…娘はそう言ってくるのだが、穴が棒なのか、形が棒なのか、とにかく「鼻は棒なの」との事。…想像しがたいビジュアルである。とは言え、こやつらが暗闇の中から襲い来るとなると、非常に薄気味悪そうだということは伝わってくる…。

 しかし、かなり面白い。私の想像の上を行ってくる。詳しくは聞いていないが、いったいどんな動き方をするのか、その攻撃方法も想像力を掻き立てられる。肝心のゾンビは、他の化物に比べるとやや地味な気がするが、青っぽい肌だったのがなんだかうれしい(笑)。「目は真っ赤」で、腕がなく「体から手」だそうだ。…にしても、気になるのは「おばけのともだち」の顔である。以前投稿した記事には『かぼちゃのオバケは娘のヒーロー』だったはずだけれど、みた感じ、まんまカボチャのオバケ(汗)。全部三角というところがかろうじて偽物っぽい気もするのだけれど、夢は真相心理に反映されているとも聞けば、なにかしらの影響は与えてしまっているのだろうなと、複雑な思いが…(苦笑)

 この死に損ないの創作意欲にも刺激を与えてくる、実に楽しいひと時だった。
ありがとう愛娘。物凄くしあわせだったよ、パパは。(笑)


思うにもしかすると、親子初コラボ作品かな?









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amazon→「ブラック・オプス 超極秘任務

 原題「ZOMBIE NINJAS VS BLACK OPS」…嘘みたいなタイトルですがまんま示す通り、忍者みたいな格好をしたゾンビ達が暴れまわり、特殊部隊と攻防を繰り広げるアクション寄りの内容の作品。ゾンビと言っても、猛烈に襲っては来るものの、人間を食べまくったりするという態では無いので、そういった所業をお求めの貴兄には不向きと思われる作品ですから鑑賞の際はそのあたりご理解の上、お手に取った方がよろしいかと。
 原題で「ゾンビ忍者」を謡っているあたり監督も意識して拵えていると思うのですが、わが国でのDVD化パッケージを見る限りでは「極秘任務押し」のアクションもので攻めてみた感じですね。それでも私のような『ゾンビ好き』には端々に散りばめられた台詞から想像を働かせ(笑)、ゾンビ起源に通ずる稀なゾンビ映画と解釈し、感慨深い一品として当ブログ的にも有意義な作品でした。


以下、内容に触れております。

 さて、その「端々に散りばめられた台詞」から想像するにどうやら、ゾンビの起源に遡る「奴隷としてのゾンビ」の流れをくむ「現代の利用方法」的な理解から、更には「ヴードゥの呪い」的なニュアンスを思い起こさせる場面もありで、久々に出会えた「懐かしい友達」みたいな感じで(笑)、ほほえましい気持ちにもなれました。
 舞台となるビルですが「再生警備」なんて、いかにもな会社名からほほが緩むんですけど、日本の企業が出資しているとかいう話で、そこで死者を蘇られて兵士として使いまわすと言う極秘の研究が行われていたせいで、実験体が会社内で暴走を始め、それを鎮圧しに特殊部隊がやってきてドンパチ始まるといった態ですが、どうやらその特殊部隊の上層部が関与しているらしく、騒ぎに紛れ「研究データ」を奪おうと企んだ揚げ句のこのありさまらしい。日本の企業がどれだけ絡んでいるのかは判りませんが、死者再生の技術を日本が手に入れたがっていたと考えてもそこはそれで怪しくて好いです(笑)。
 驚くべきは忍者ゾンビの動き。早い早い。既出ゾンビ映の猛ダッシュゾンビやパルクールゾンビもなんのその、弾丸をよける程ですからまず面喰いましたね(笑)。弾よりも早く…発射弾越えゾンビの登場です。いわゆるモダンゾンビののろのろとした動きから考えるに、まさに想像を絶する速さ。しかも弾丸を何発撃ち込んでも死なないとくれば、まさにゾンビ然と言った所。あたっても死ないのならばよける必要はないと思いますが、よけて逃げまくる絵面がなんともおかしく、珍しい物を見た感で非常に楽しいです。

 ひたすら忍者ゾンビとの攻防が主に描かれるのですが、この忍者ゾンビ、血液が全くないと言う状態で稼働しているらしい。死者を「生き返らせて」いたわけではなく、死体が「動いている」だけと推測され、もともとの死者を蘇らせる研究からはおおきく外れ、死体が何故動くのかと言う「状態」も全くわからないと言う事で、当然見ているこちらに、理由を示唆する場面はありません。死体がただ動くゆえに「目的」もなく、「精神」も持たない肉体だけの存在との事で、そこから何者かに操られていると判断、ここでヴードゥ呪術の件が出てきます。いったい誰が?研究を頂こうとするやつらの企み?一体の忍者ゾンビの咆哮で数体の死体が一斉に起き出す場面が回想として挟み込まれますが、その咆哮ゾンビが何かを「した」か「された」か…蘇生に携わった医者は早々に殺されているので謎のままで、医者がなにか「仕掛けた」か「仕掛けさせられた」か…。ともかく、動くんだから操って兵器に仕立てようとする態は、後先考えずに使って大惨事を招いた現状をかぶせ、愚かでよいでしょう。

 ともかく、忍者ゾンビとのバトルの果てに、物議を醸しだしそうなエンディングへ突入。忍者ゾンビが逃げ延びた研究者に対して吠え面を拝ませたまま襲わず、雑踏の中に身を投じるといった風の場面です。…なぜ襲わなかったのか?と言う疑問がまず浮かびます。
 吠え面拝ませたその忍者ゾンビは、咆哮で他の死体を動かした忍者ゾンビの親玉的存在。彼だけは何か「特別な処置」が施されていたからなのでしょうか?「死者を生き返らせる研究は人類への貢献であって軍事利用の為ではない」とは死んだ医者の弁…「目的」を失ったのはゾンビだけにあらず?…そして「目的」を持ち帰った研究者は助かって……あくまでも憶測の域は出ませんが、『ゾンビ』自体が永遠の謎。あれこれつじつま合わせを考えるのも、楽しいではありませんか。


 されどファンタスティックかな、ヴードゥの呪い。魔法もまた、謎でよいのです。









なんだか新年が明けたと思ったら早くも2月に突入していますねぇ…

 先日、愛娘と児童向けゲームセンター的なキッズランドと言う所に行ってきました。遊具やらコインゲームやらありまして、その中に昔懐かしいあの「もぐらたたきゲーム」がありました。今だ現役なんですね、すごいなと感心しきり。
 何のことはない、ただひたすら時間内に穴から出てくるモグラをバンバン殴り続けるこのゲーム…そこがシンプルで楽しいのか、なんと愛娘がとても気に入ってしまい、ならばとデパート的な所にあるおもちゃ屋さんで家庭用の小さなものを購入しました(といっても、買い物ついでのデパート5件目にてようやく遭遇)。…いや、娘の為と言っておきながら実はちょっとした思惑がありまして…前々から夢に描いていた事を実行するチャンスが巡ってきたんですよ…ほら、ゾンビ好きなら皆様考えることは同じ…モグラをゾンビにカスタマイズして、ゾンビたたきにするって野望ですよ。娘が飽きたら速攻カスタマイズして「墓穴からゾンビ這い出し阻止ゲーム」にするんです。ありそうなんですけれど、今もってお目にかかったことはなく、いつか自分で作り変えてみようと画策しておりました。墓穴よりはい出てくるゾンビをひたすらハンマーで殴り続けるだけの攻防!!…これはとにかく熱いじゃないですか(笑)。
 そんなわけで、今回購入した製品を参考にカスタマイズイメージをいくつか考えてみました。至って易い改造計画ですが、当ブログ的には楽しそうな企画なので是非実現したいものです。


かなり雑過ぎる感もありますがもぐらからのゾンビ化カスタマイズは
大体こんなイメージでしょうか。可愛らしくも不気味な雰囲気って難しいですね。

…で、全体のイメージはこんな感じでしょうかね。
なんか思っていた以上に雰囲気ありそうで笑える。
 
いくつか顔パターン考えてみた。個人的には右上のがいいかな

 既に商品化されていたり、カスタマイズしたものがありましたら
是非拝見したいものです。ご存知の方、いらっしゃいましたらご一報ください。


 お次は、前回の「ぞんびのおもちゃ屋さん2」で首振り人形あったら楽しい的なことを書きましたが、ふと紙で作れないかと思いたち、イメージを描いてみたものです。紙製ふらふらゾンビ人形。これなら紙の展開図だけで済みそうなので現実味がありそう。


絵の通りにバランスが取れるかは作ってみなければわかりませんね。

 上記紙製ふらふら人形を考えていたら、急にクラッカーのの外装をゾンビデザインにして脳みそぶっぱなしたら楽しそうだなと思い立ち、ついでにこちらもイメージ。



 娘話のついでに余談ですが、愛娘の夢についにゾンビが現れたそうです。頭を攻撃すれば倒せるという情報は伝えていなかったので、果たして娘がどんな行動を取ったのか気になり、話を聞いた所、なんと水をかけたら追い払えたそうです。これは興味深いですよね、水の苦手なゾンビ…某侵略映画よろしく、水が苦手な宇宙よりの侵略者か、あるいは生前水が苦手な人のトラウマが働いた結果か…とにかく聞いてみて不思議感満載。でも逃げずにゾンビと戦ったんですね、娘。勇ましいな。







…今年は間に合いませんでしたねぇ、あけおめイラスト。残念。

ほぼ三か月ぶりに更新ですが、死霊の南瓜金助です。

 一応は間に合わせるつもりで準備していたのですけれど、極一般人的内容の師走から年明けの忙しさに加え、愛娘に依存の高い私としては、その準備も含めてのお誕生会やらクリスマスイベントやらで自分自身に使う時間は作らず仕舞いで、全く完成には至りませんでしたねぇ(笑)。普通の一児の父親やってます。
 そんな事情もありつつで、新年幕開けの投稿には間に合わず…。証拠の品として下絵でも投稿しておきましょうか…(汗)。恒例の「お目ん玉飛び出してます」シリーズ最新作でした。


追々完成させて行きましょうね。来年のものにならないとは思いますが…



 さて、気が付けばゾンビやホラー映画の備忘録的に始めた当ブログも10周年になっていました…10年ひと昔なんて耳にしますが、過ぎてしまえばほんと、月日の経つのは早いものですねぇ。
 開始当初は元エロ漫画描きだった事は伏せていて、完全に個人的な趣味の域での、鑑賞したゾンビやホラー映画の感想をちょこちょこっと書いておいて、たまにゾンビ漫画なんか投稿してみようかなの形式でしたが、途中からは自分の感想と他の方の見方が全然違うと言う事も感じてきて、自分でも映画についていろいろな感想を聞いてみたいと常々思うところもあって、「私はこういう見方もしましたよ」的な感覚で感想を述べ始め、現在の形になって行きました。今ではTwitterも交え、元エロ漫画描きだった事もさらけ出しての純然たるゾンビブログではなくなり、こんなごちゃごちゃしたブログになってしまいましたが、これはこれで形的には現時点では満足です。行く行くは愛娘も順調に父親離れをしてゆき、投稿数も増えてゆくことでしょう。…寂しくもあり楽しみでもあり。
 この10年間での個人的な一番の驚きは何といっても愛娘誕生でしょうね。いわゆる子煩悩という事なのでしょうけれど、これほどまでに子育てに関わって行こうとする人間だったとは心にも思っておらず。人生どう転がるか判りませんね。『人』を育てるって責任重大で、非常に興味深く難しいけれど、楽しいです。作品とまでは言いませんが、その辺りクリエイター的な感覚もあるのでしょうかね。日々接する事が仕上げへの道のりと思えています。


 …と、まぁそんな状態なので、一昨年からすでに掲げている豊富らしきものは一切表面上では微塵も発展せず仕舞い。それでも自作ゾンビ小説は遅々としてはいますがプロット的なものはできつつあり、最終章のテーマは排泄じゃないか?とか、彼女の腕を探しに行って、「死神」に目を付けられ、そして「僕」の「初めて」の闘争やら、書きたい意欲はしっかりとありますので、書いてゆきたいと思っています。当ブログやらTwitterなんかでも遊び半分に投稿していた分裂系不死身女子切り刻み計画の催し物演目「プラナリア・プログラム2」シリーズとか、怨念ゾンビ漫画「ゾンビ・スウィッチ」に、知る人ぞ知る「悪」シリーズ関連作「デルドスグロイノ」の制作とか、そんな具体的な名前上げてもわからないとは思いますが(笑)あきらめてはいませんので、そういうのも発表したいと意気込みだけは強いですね(汗)。何かしら作り手でありたいというような欲もぼちぼちでてはいます。
 こうなったらもちろんの事、エロはエロで今年も何かしら続ける気でいますのでそちらも興味ありましたらお付き合いください。

 
左「プラナリア・プログラム2」/右「デルドスグロイノ」下絵


あとは「Twitter Of The Living Dead」用に用意しているものなんかもあったり…

 そんな訳で、何もかもが中途半端で、き続きでの新年の幕開けになってしまいましたが、今年もよろしくお願い致します。









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 当ブログでは掲げている通り「ゾンビ保護区」という目的を持ち、ゾンビあるいはそれに準ずる存在であれば、その全てを保護し守って行こうというスタンスで展開しているわけですが、いつものように作品鑑賞後にいくつかのサイトで他者の感想を探ってみると悪評悪評悪評ばかりが目に付く…久々に遭遇してしまいました、ほぼ低評価と言う最優先とすべき保護対象ゾンビを。

 …とは言っても、私自身の本作の評価は、傑作と言い切ってしまってもいいくらい気に入っていて、なんで悪評ばかり書き込まれるのか理解できないと言った困惑した状態。ウイルス感染系ゾンビですが、私がゾンビ映画に求めたい、人類の存亡の脅威となった恐れるべき「"死"にぞこない」と、極めて「残酷な性質を露わにした"人間"ども」の姿はしっかりと描き込まれているし、まぁ、とにかく状況も環境も登場人物も酷い酷い。ダメぶりを列挙した行動に所業が気分の悪さを誘い、身に沁み込ませてくるあたり、同意も出来ず酷く醜く救いの無さが目に余る程、不愉快極まりない雰囲気。その辺りが作品の印象を悪評へと変えてしまう要因なのかもしれないけれど、本作は"そこ"を「作品」として「楽しむ」部類の映画ではないかなと感じられ、私の考えすぎかもしれないけれど、「感情移入できない」と言わせれば、それはもしかすると監督の思惑通りかもしれないし、個人個人の捉え方の違いと言ってはそれまでですが、悪評=面白くない、とは限らないという事を改めて気づかされた作品でもありました。

 本作は是非、事前情報を得ずに先入観なくご覧になってみて下さい。そこで浮き彫りにされた思いがあなた自身なのかもしれません。

☆以下は内容に触れていますので未見の方は注意。

 まず冒頭、外界から隔離された収容所から、感染した人間の変貌を5段階で説明してくれる、親切なまでの演出で始まるわけですが、文字通り「解りやすい」世界観の提示。レベル1は治療で助かるかもしれない状態で、そこが本作の肝となる部分。医者などの事態打開に必要な人物は最優先で治療を受けられ守られるが、それ以外が見捨てるという、常軌を逸した終末観の示唆。もうこの時点で、あり得ないと感じる方は評価を落とし始めるのではないかなと思われます。
 さらに死体を銃で撃ってから破棄していると思われる姿を映し出し、「死者への冒涜」にも思える演出が不穏をあおりそう。当ブログ的にはまずこの場面で痺れましたね。そして、次に迎えるは収容所から外界へ出る為のトンネルでの一幕。医師を含めた4名と言う心もとない人数での、感染していない人々を救出しなければいけない作戦の為に、出発する事になったのですが、外界とを遮断している扉を開けるなり押し寄せるレベル2、3辺りの感染者達の襲撃。助けを求めている感染者も含め、銃で殺しまくり、バットで殴りまくり、足蹴で踏み殺してゆきます。「慈悲など存在しない」と言い切った上官の言葉通り、感染していてもまだ人間性を持った者まで容赦なく殺しまくります。この既に度を越している序盤で、観る者を篩にかけるかのような事態がさらに作品の印象を悪くさせてゆきますね。嫌悪感の煽りがすごいすごい。
 外界では、死者を首吊りにし高く掲げる見せしめ的な映像を映し出し、よくあるパターンではありますが、「死を弄ぶ」感覚はやはりシビアですから、放置されたままの感染者たちの不安を煽るには充分でしょう。空腹や物資調達が目的で襲い来るという感染者が「死んだふり」までして、感染していない人間を囮にし強奪を企てる姿もまた、常軌を逸しているし、放置されたままの感染者たちがゴミだらけの街中で暮らしている姿も、収拾のつかない現状の辛辣さを物語り、さらにワクチン開発を称した人体実験を繰り返していると言うようなコメントもまた、狂気の沙汰を増長してゆきます。
 空腹、飢え、キチ〇イ沙汰…そんな中で救出隊は、感染者が人間を喰うのではないかという事態に遭遇します。のちに現れる食人行為を、流れを作ってからわざわざ持ってくると言う、またしても親切な作りと、その”感染者を「怪物=ゾンビ」に仕立て上げる為の強引さ”が、個人的には楽しかったりして、ゾンビが何故人間を喰らうのかと言う素朴な疑問の簡単な理由付けではありますが、描きどころとしては目新しくここも監督の描きたい部分であったのではないかなと、想像してみたりしました。
 非感染者を救出に向かった一行は、感染者たちの襲撃にさらされながら、ようやく目的地である学校に辿り着きますが、案の定、感染が蔓延した後で、助けを求め半狂乱のになった女性をあっさり刺殺し、隊員はその行為をさも当然な行いだと主張します。恐らくはこの時点で、度重なる異常行動に対する鑑賞者の不快感が爆発してしまいそうな雰囲気。さらに追い打ちをかけるように示す、感染者の連続襲撃に見せる殺傷行為で攻め続ける演出がまた、主観映像のゲーム視覚が”遊び”的印象を誘発して、非常に”厭な世界”を築きあげてゆきます。
 そして許せないであろう決定的なな最悪の事態、医者と名乗った主人公は実は医者ではなく、家族の事だけを心配する”ただの母親”だったと判明。知識も防御力も皆無な”なにも持たない”母親が離れ離れになってしまった家族に会いたい一心から医者を名乗ったわけですが、結果、大勢の感染者を殺させ、救出部隊を壊滅に導き、何も得られなかったという、死ななくても良かったはずの大量虐殺だけが残る、不快極まりない自己中心的行為が露わにされ、鑑賞者の怒り大爆発と言った所でしょうか。その抱いた怒りは、人としてたぶん当たり前に沸き起こるもので、間違ってはいないはず。そして以前の私だったら主人公に対して疑問符を投げかけていたことでしょう。しかしながら、私も娘を大事に思う身…”崩壊した人間”が蔓延る世界で、娘一人をほおってはおけないだろうし、何としても助けたいと考えてしまいそうだなという、思いもこみ上げてきました。人類を取るか、家族を取るか…究極の問題を突き付けられた感も手伝い、感慨深い瞬間でもありました。
 そこから、娘救出にかられる母親に賛同した女性隊員が、感染者に連れ去られ、内臓を喰われると言う事態に巻き込まれてゆくのですが、自らの腹を切り裂かれ、内臓を引きずり出され、貪り喰われる姿を、お決まりの主観映像で見せつけてきます。とても不快な雰囲気の中、母親は女性隊員を喰ったやつらを銃で撃ち殺し、はたまた顔面の肉がそげるほどに銃尻で殴り続け殺します。仲間も感染者もどんどんどんどん死んでゆきます。
 ようやく母親の自宅へたどり着いたのだけれど、娘は感染していて、父親は娘を襲わないようにするために車のトランクに自らを閉じ込め死んでいる姿で発見…それが正しい行動かどうかも考えられないくらいの切迫した滅茶苦茶な世界がここにもありました。母親は、感染した娘を助けたいがために隊員を装わせようと自分が着ていた防護服を着せ、母娘二人で収容所へ向かましたが、収容所の入り口は感染者だらけ。防護服を着ていない母親は感染者に間違われ撃たれてしまうのですが、意識が朦朧としている中でも、その姿を見続けているであろう娘にとっての非常に酷い場面。そこから母親は、娘の防護服のマスクの窓枠部分に、自らの血でハートマークを描き「愛してる」と告げる姿を見せるのですが、その”愛”への違和感が絶大で異様に思えてきたのは驚きでした。私の中では、母親の示した愛は愛じゃなくなっていた事の真実…異常事態前では当たり前だった愛が、もはや非常識へと移行させられ、最終的には”愛”を"異常”として描き切ったのではないかと思えたのも非常に残酷で”よかった”のではないでしょうか。私自身の抱く娘への愛もきっとこの世界では異常になるんだろうなと犇々と身に染みてきました。物語は、防護服を着させられ医者と思われ収容されてゆく娘の主観映像で幕を閉じるわけですが、想像するに、感染した娘は明らかに医者とは思えない容姿だろうし、母親のしでかした数々の仕打ちに加え、この世界での娘の末路は、もはや語るまでもない残酷な事態だろうと、ただただ途方に暮れる始末…最後の最後まで無残に徹する姿勢もまた、見事だったと思います。

 ファイラ・ウイルス…感染した者を、異常な程の暴力過多な略奪行為を引き起こさせ、空腹における食人行為を招く者も現れ、そして最終的には凶暴な化物へ至る。…当ブログには、新たなゾンビウイルス出現として、記録しておきましょう。


 見返してみると、始終防護服に搭載されたカメラによる主観映像が、いわゆるテレビゲーム的感覚へと強引に誘うのですが、冒頭からゲームへ寄せてゆくセリフをちりばめて映画の中での「現実とゲーム(=非現実)」の境界線を曖昧にしてみせ、それでもなお主観映像を取り入れて続けることで、この世界はすでに「現実的感覚が死んでいる」と言った意味合いにも感じ、改めて面白さも増したような気にもなり、好きな作品であることには変わりなかったです。

 結構長々と書き込んでしまいましたが、この極個人的印象が監督の真意であるかどうかは別としても、当ブログ的にはこのような感想を抱けた作品であった事は確かで、相当有意義な作品でした。自らのモラルを知る機会だと割り切って、観てみるのも良いかもしれません。





がばぁ~…

 Twitterのプロフィール画像のスペースがいつの間にか円形になって、正方形ありきで作った前回のものだとしっくりこなくなっていて、どうもソワソワするので、改めて円形に合わせたものを拵えてみた。

 愛娘の目を盗みつつ描いていたのだけれど、ちょっと夢中になっている隙に娘がのぞき込んでいて「ねぇ、これパパ?パパ、ゾンビなの?」と言ってきた。…焦った焦った。急いで隠したものの、案の定見せて見せて攻撃の応酬…やむなくペン画段階のものを見せてしまう。しくじった…ホラー画は娘のいない時に描くに限るべきだった…。「そうだねぇ、パパ、ゾンビになっちゃったらこんな感じかなって…」苦しまぎれにそう言ってはみたものの、あとのまつり。でも、「これパパ?」と言ってくる辺り、それなりに似ているのではないかと(笑)。しかしながら、ホラー禁環境をしっかり守らなければなぁと心に誓うのであった。
 …とは言うものの、先日、奥さんが、娘をスマホで遊ばせている隙に、録画しておいた「エイリアン」をこっそりと見ていたらしいのですが、ちょうどチェストバスターが胸から出現するシーンを見てしまったらしく、「怪獣生まれてよかったね」と言われたらしいです。奥さんには特にホラー禁環境云々は伝えてはいなかったので、やむなし。娘自身は怪獣は基本的には「怖いから好きじゃない」と言っているのですが、赤ちゃんが生まれてくるのはすごく大変だけど喜ばしい事的な話をしていたせいか、怪獣にしても「よかったね」なのでしょうかね。優しい娘に育ってくれているのかなぁなどと、親バカ的発想も心地よかったりもします。

 ついでの余談ですが、そんな愛娘から「夢にオバケが出てきて、戦っても負けてしまうので、どうしたら勝てますか?」的な相談を受けました。まず、オバケに戦いに挑んでいる状態に驚きましたが、どうしても勝ちたいらしい。何やら、夢の中のオバケと戦うって「フレディ」っぽくない?しかも、戦うための心構えをするなんてまるでウェス・クレイヴン節‼。愛娘が知らず知らずのうちに「エルム街の悪夢」的スタンスな事に滅茶苦茶興奮。すごいぞ愛娘、パパは図らずともこの瞬間に出合えたことが無類の幸せだ。オバケがどういった状態で襲ってくるのか聞いても今一つ判らなかったのですが、ハロウィンのカボチャは悪霊を追い払うために怖い顔をしているという説を聞いたことがあったので、娘にその話をしたところ、後日、「カボチャさんがオバケやっつけてくれた」と報告を受ける。カボチャなら我が家に一年中常に300体以上はゴロゴロとおりますので、イメージには事欠かないでしょうね。でかしたぞカボチャ。一年中カボチャが飾ってあるという、日本ではまず我が家だけであろう他の家とはかなりかけ離れている環境ではありますが、事もあろうにカボチャが愛娘にとっての「ヒーロー」となってくれたのは、実はかなり嬉しかったりして…(笑)。


 この機会に、以前投稿した「ゾンビ似顔絵一家に一枚いかが?」的な記事を読んで、依頼してくれた方がいらっしゃいまして、自作ゾンビ画コレクションとして、ここに使わせて頂きます。


N様ご依頼のゾンビ姿。ラインで使いたいとのお話で。


縄文ぞんび様ご依頼のゾンビ姿。サイトのプロフィール画像として。

その節はご利用ありがとうございました。
 一応、どのくらいのダメージぶりか希望を聞いたかと思います。ちなみに、他人の顔をゾンビにするのって、自分がなにやら「ゾンビ化させるウイルス」になったような妙な感覚があって非常に興味深くもあり、当ブログ的にも面白い作業ではあります。興味のある方はメールフォームなどでご相談ください。

で、Twitterのプロフィール画像が四角い枠だったころはこれでした。
当ブログでも使ってはいますが、ぺらんな感じが気に入っています。
 




 





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